●ヴェロナ会議 ヴェロナかいぎ
アジア 日本 AD1822 江戸時代
ウィーン会議後における自由主義の抑圧とメッテルニヒ体制の維持を目的とする一連の国際会議の最後として,1822年10月北イタリアのヴェロナで開かれたもの。復活したブルボン家フェルディナント7世による極端な反動政治に対して,自由主義的中産階級を基盤とする軍隊が1820年スペインでおこした革命に対処するために,ロシアのアレクサンドル1世,オーストリアのメッテルニヒ,プロシアのハルデンベルク,フランスのモンモランシー,イギリスのウェリントンなどの著名な政治家が出席した。その際フランスとロシアは五国同盟の名による弾圧を提議し,とくにロシアは熱心であったが,イギリスは他国への内政不干渉を唱えて強力に反対した。結局この会議ではフランスのみの出兵を決め,それによってスペインでは旧秩序が回復されたが,この会議で生じた対立の結果五国同盟の形での大国間の協調に亀裂が生じ,メッテルニヒ体制破綻の遠因となった。