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●ヴェルダンの戦い ヴェルダンのたたかい

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 第一次世界大戦中フランス東部ミューズ川左岸の要塞都市ヴェルダンとその近郊で行われた激戦。その市街地は東に急で西にゆるやかに傾斜しているため,ドイツに対する重要な防御拠点として1871年対プロシア戦争で敗れた直後から要塞が築かれはじめた。大戦中期の1916年に連合国による経済封鎖を受けたドイツは,西部戦線における膠着状態を一挙に打破して勝利を得るために兵力を結集して,2月〜6月のあいだ4回にわたってここに凄烈な攻撃を加えたが,フランス・イギリス連合国は司令官ペタン将軍のもとによく死守し,6月以降ドイツ側をソンム河畔で逆襲したので,ドイツ側の企ては失敗に終わり,以後ますますジリ貧状態に陥った。この激戦の際ドイツ側だけで約50万,双方合わせて約100万の戦死者を出したといわれる。なお第二次世界大戦の際にはこの地域はナチス=ドイツ軍の電撃戦によって比較的簡単に突破された。