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●ヴェトナム独立同盟 ヴェトナムどくりつどうめい

アジア 日本 AD 

 1940年9月,援蒋ルート制圧のためヴェトナム北部には日本軍が進駐しており,1941年5月6日には,日-仏印居住航海条約が締結され,日本のインドシナ支配体制が形成されつつあった。1941年5月10日〜19日,中国との国境に近い越北(ヴェトバック)地方の高平(カオハン)省パクポ村で,インドシナ共産党第1回大会第8回拡大中央委員会議が開かれた。この会議はヴェトナム民族運動にとって,二つの歴史的意義をもっていた。この会議では,1930年2月に出された10項目の「インドシナ共産党成立のアッピール」より具体的に,当面の敵フランス・日本帝国主義と戦うことを打ち出し,民族のエネルギーを引き出す越南独立同盟会(ヴェトナムドックラップドンミンホイ)=ヴェトミンを設立し,その大衆組織である各種の「救国会(クークォックホイ)」に結集したことである。その後,ヴェトミンの活動は大衆に浸透し,1945年8月16日,歴史的指導方針「ヴェトミンの十大政策」を公表し,「八月革命」過程で政権を奪取する直接の指導性を発揮した。ほかの一つは,ホー=チ=ミンが参加し,会議を主催したことで,この会議でチュオン=チンが第4代の書記長に選ばれた。