●ヴェトナム停戦 ヴェトナムていせん
アジア ベトナム社会主義共和国 AD
1973年1月27日,パリでヴェトナム民主共和国・アメリカ合衆国・南ヴェトナム共和国臨時革命政府・ヴェトナム共和国政府の4者のあいだに「ヴェトナムにおける戦争終結と平和回復に関する協定」が調印されたことによって,アメリカと北ヴェトナムとの戦闘が終結したことをいう。1968年のテト攻勢で打撃を受けたアメリカは,北ヴェトナムとの和平交渉に応じ,5月から2者によるパリ会談,1969年には南ヴェトナム解放民族戦線・ヴェトナム共和国を加えた4者会談が成立した。ニクソン大統領は戦争の〈ヴェトナム化〉政策(ニクソン=ドクトリン)を発表,米軍は撤退の前段階として1970年カンボジア,1971年ラオスに侵攻,戦火はインドシナ全域に拡大した。1972年10月,アメリカのキッシンジャーと北ヴェトナムのレ=ドク=トとの間に基本的合意が成立,1973年1月停戦協定調印,3月米軍撤退が完了した。しかし,協定のヴェトナム統一についてはその後も進展せず,南ヴェトナム共和国臨時革命政府はグエン=バン=チュー政権の武力打倒を決定,1975年4月30日,サイゴン陥落によってヴェトナム統一の道がひらかれる。