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●ヴェーダ文化 ヴェーダぶんか

アジア ベトナム社会主義共和国 AD 

 前1500年ごろ,イラン地方から徐々にインドの西北部に移住したアーリヤ人は,黒色低鼻の先住民と戦って,これを征服あるいは駆逐して五河(パンジャーブ)地方に定住し,農耕牧畜の生活を営んだ。彼らは家族の長老を中心として大家族制を営み,事ある時は家族の全員が武器を執って敵と戦った。各個人の家庭生活が固定し,家族制度が行われるようになると,ここに固定的社会生活が成立し,その社会にも統制のある各種の制度が生まれた。パンジャーブ地方にいたアーリヤ人はやがてガンジス河中流に進出したが,この間に村落生活は発展し,都市を建設して国家をつくり,部族・種族の長は王として国家を治め,秩序のある社会制度が確立した。

【社会制度】ヴェーダ時代の末期につくられたダルマ=スートラ(律法経)やグリヒャ=スートラ(家庭経)は,ヴェーダ時代の社会制度を伝えているが,そこには住民の権利・義務・法制・宗教・慣習・道徳などの要項が説かれ,社会的・宗教的制度を明らかにし,4種の階級(ヴァルナ=四姓)・サンスカーラ(浄法)・四住期(アーシュラマ)などの規定が詳しく述べられている。ヴァルナは後世のカースト制度の起源をなすもので,この語は元来“色”を意味し,征服者たる白色のアーリヤ人と被征服者たる黒色の先住民との皮膚の色による人種的差別意識が起源であって,征服者たるアーリヤ人の社会に3種の職能的分業が生じるに従って4種の階級が成立し,ヴァルナはこの階級制度を意味するようになった。ヴァルナの第1位はブラーフマナ(バラモン=祭官階級)で,家族や部族・国家の福祉や戦勝を祈願し,祭祀を行う専門的祭僧の地位は高上した。第2はラージャニヤ(またはクシャトリヤ=王族・武士階級)は国家の政務を処理し,軍隊を統率する武人階級で,バラモン階級と密接に関連した。第3のヴァイシャ(庶民階級)は,祭官・武士の下にあって,農業・工芸などの生産的業務に携わる一般民衆の階級である。第4のシュードラ(奴婢階級)は,被征服者たる先住民で,なんらの権利もなく,ひたすら上層3階級に奉仕する奴婢階級である。サンスカーラとは,上層3階級の人たちのための通過儀礼の規定で,誕生・命名・入門・結婚など12種からなっている。また彼らの生涯を規定する四住期,すなわち学習期・家住期・林住期・遊行期も上流3階級に限られていた。

【生活】ヴェーダ時代のアーリヤ人は簡素な木造の家屋に住んでいた。食物は農牧によるものが多く,穀物は大麦を主とし,果実や蜂蜜も食用に供されていた。肉類は比較的費重な食物であったから,祭儀やこれに伴う饗宴の場合に限られ,魚肉は食べなかったらしい。飲料としては水と牛乳が常用されたが,とくに牛乳とバターは多く使用された。ソーマという植物を圧搾してその汁からつくった麻酔性のあるソーマ液は,神々の飲料として珍重されたが,一般的な酒は穀物からつくったスラー酒であった。衣服は主として羊毛を原料として織り,種々の加工を施していた。

 毛織物のほかに皮革類も使用され,服飾品としては黄金が最も多く用いられ,宝石も使用された。鉱物では金が古くから使用され,青銅(アヤス)も武器として使われたが,銀と鉄の使用は明らかでない。戦車や農耕器具をつくる工匠・織物師・鍛冶工などの技術も相当すすんでいた。経済組織は発達せず,物々交換を主とし,牛の数によって量られた。

【娯楽】狩猟・戦車競争・舞踊・音楽は古代人にとって欠くことのできない娯楽で,笛・太鼓・シンバルなどの楽器も用いられた。娯楽のうち特筆すべきは賭博で,その方法は明らかでないが,賽を使うことなく,ヴィビーダカという木の実を撒いてこれを手で掴み取り,その数あるいは残った数によって勝敗をきめたらしい。『リグ=ヴェーダ』(10・34)の「賭博者の歌」は,賭博に敗れた者の姿を如実に描写している。

〔参考文献〕辻直四郎『インド文明の曙』1967,岩波新書