●上田藩 うえだはん
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長野県上田市に城をもち,城附4万8,000石の領地のあった藩。真田昌幸が1583年(天正11)に上田松尾城を築いてこの地方の支配権を確立したのが,この藩の始めといえる。関ケ原戦で西軍に味方した昌幸は追放されたがその長子信之が上田領を受けつぎ,1622年(元和8)松代移封まで藩主であった。代わって小諸から仙石忠政が入封し6万88石を拝領した。仙石氏は1706年(宝永3)まで3代続き上田藩の支配体制を整えた。但馬出石(たじまいずし)の松平忠周(ただちか)が仙石氏と交換の形で入封,5万8,000石を拝領した。1728年(享保13)に5,000石の分地をしたので,上田藩領は5万3,000石となって廃藩まで続いた。上田藩主のうち老中になったのは享保期の忠周と幕末の条約締結に当たった忠優(ただます)であった。この松平氏の支配下の1761年(宝暦11)と1869年(明治2)には,全領を揺がす大一揆がおこった。藩校は1811年(文化8)に設立された明倫堂である。
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