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●ウェストミンスター憲章 ウェストミンスターけんしょう

ヨーロッパ 英国 AD1931 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1931年12月11日イギリス議会を通過した法律で,イギリス本国と自治領のあいだの関係を規定したもの。ウェストミンスター条令とも呼ばれている。第一次世界大戦中からイギリスの自治領の地位は経済的発展と戦争に対する協力によって国際的地位が急速に向上し,これまでの本国に対する植民地的従属関係から本国と対等の地位に進みつつあった。そして1919年〜20年にかけて開かれたパリ講和会議にはカナダ,オーストラリア,南アフリカ連邦,ニュージーランドの四つの自治領とインドがイギリス本国とは別に独自に代表を派遣し,ヴェルサイユ条約にも独立国として署名した。イギリス本国政府と各自治領政府の首相との会議である帝国会議においても発言権が増大し,自治領の自立化の傾向が強まった。1925年従来からあった植民地省から独立した自治領省が設置された。1926年帝国会議の委員会は「バルフォア宣言」や「バルフォア覚書」を記章したバルフォア委員長を中心として「バルフォア定義」として知られるイギリス連邦(コモンウェルス)の構成に関する憲法上の関係について報告書を作製し,帝国会議によって採択・宣言された。この宣言のなかでは「それら(イギリス本国および自治領)は,イギリス帝国内における自治的社会であり,地位は対等であって,それぞれ王冠に対する共通の忠誠によって統合され,イギリス連邦の一員として自由に連合しており,内政・外交いずれの面においても一方が他方に従属することのないものである」ことが明らかにされた。これによりイギリス本国と自治領の地位は平等になったが,総督がイギリスから派遣され,自治領諸国の議会で決議された法律をイギリス政府が却下できる権限を保持しており,形式的には平等でない面も残っていた。1903年の帝国会議では総督は自治領の政府の提案によって国王が任命するようになり,総督は統治機関ではなく国王と同様に象徴化された存在となった。その後自治領諸国の議会はこの宣言の主旨を立法化するようイギリス議会に要求した。その結果1931年12月ウェストミンスター憲章は議会を通過し,イギリス連邦の根本を規定する最も重要な憲法上の文書として公布された。憲章は前文において王冠をイギリス連邦(コモンウェルス)構成国の自由な連合の象徴であるとし,構成国は国王に対する共通の忠誠によって統合されているので,王位の継承や国王の称号に関する法律の変更は全自治領の各議会の同意が必要であると述べている。そして第1条においてカナダ,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ連邦,アイルランド自由国,およびニューファウンドランドが自治領(ドミニヨン)であることを明らかにしている。第2条において,自治領の定めた法律あるいは条例もイギリス本国の法律と矛盾するという理由だけで無効とされることはないし,自治領の議会は,その自治領のいかなる法律も廃止したり改正したりすることができると規定した。第4条ではイギリス本国の議会で制定された自治領に関する法律は,自治領の要求と同意がなければ,その自治領に適用されないと規定した。そして植民地(コロニー)という用語はいかなる自治領をも意味しないことを定めた。ウェストミンスター憲章は既成の事実を法文化したものであるが,イギリス植民史上画期的なものであった。1920年代既に実質的にイギリス連邦が形成されていたが,憲章以後イギリス帝国が形式的にもイギリス連邦と呼ばれるようになった。1936年エドワード8世が退位,ジョージ6世が即位した際にはイギリス本国の議会で法的な手続きがとられると同時に,各自治領の議会でも憲章にもとづいてそれぞれ立法化を行った。

〔参考文献〕大野真弓編『イギリス史』(新版)1980,山川出版社

早坂忠『イギリス政治・経済の動向』岩波講座世界史26,1970,岩波書店