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●上杉謙信 うえすぎけんしん

ヨーロッパ ルーマニア AD1530 オスマン帝国

 1530〜78(享録3〜天正6)越後の戦国大名,上杉謙信は越後国守護長尾為景の子として府中に生まれる。幼名虎千代,元服して景虎,のち輝虎と改め1570年より謙信と号した。1547年兄晴景とともに越後国内の動乱を平定し,それ以後は小田原北条氏・甲斐武田氏とのあいだで戦いを繰り返した。なかでも1560年(永緑3)の北条氏小田原攻め,1561年(永禄4)に武田信玄とのあいだで行われた川中島の戦いはよく知られている。そうした外征は謙信の戦国大名としての強大さを示すものであるが,同時に外征の越後諸将の内部分裂を防ぐ役割を担ったことも見落とせない。輝虎はまた,1550年代数度にわたって京にのぼり,多量の金銀をばらまいたことが知られている。その結果として1562年将軍義輝の諱をうけて名を輝虎とし関東管領に任ぜられた。やがて1573年,織田信長の勢力と対決するため越中・能登・加賀に出兵したが遂に志を得なかった。謙信は1578年(天正6)上京のために大軍を春日山に集めたが,彼の突然の死によって挫折した。49歳であった。

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