●ウィリアム4世 ウィリアムよんせい
ヨーロッパ 英国 AD1765 ハプスブルク朝
1765〜1837(在位1830〜37)大ブリテン−アイルランド連合王国国王。ジョージ3世の第3子で,1789年から即位までクラレンス公であった。1779年から1790年のあいだは海上で活躍,そのため「船乗り王」と呼ばれる。結婚は1818年であったが,1790年から1811年の期間,女優ドロシア=ジョルダンと同棲していた。即位当時は,議会改革運動が活発化しており,同年秋の総選挙ではホイッグ党が勝利を収めた。その結果,グレイを首班とするホイッグ内閣が成立し,選挙法改革実現の方向をめざしていた。グレイ内閣は3度選挙法改正法案を議会に提出,いずれも下院では通過,上院では否決をみる。政府と上院のかかる対立は国民の抵抗を強め,不穏な気運がみなぎってきた。このような情勢から,ウィリアム4世は,いったん拒否したグレイ内閣の新たに自由主義貴族をつくる提案をしぶしぶ受け入れ(50人叙任),上院の抵抗を排除,選挙法改正法案を通過させた。したがって,結果的に彼は同法の成立に貢献したことになる。
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