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●ウィリアム3世 ウィリアムさんせい

ヨーロッパ 英国 AD1650 ハプスブルク朝

 1650〜1702(在位1689〜1702)名誉革命によりイングランド・スコットランド・アイルランド国王となる。ただし,女王メアリ2世(在位1689〜94)と共同統治体制をとる。彼はオレンジ公ウィリアム2世とイングランド王チャールズ1世の娘メアリのあいだの息子で,ヨーク公のちのジェームズ2世の娘メアリと結婚した。したがって,オランダの名門オレンジ家とステュアート王家双方と深い関係をもっていた。1688年,ジェームズ2世の反動政治を打倒するため,トーリー党ホイッグ党両党の代表7人が彼に招請状を出したことから出馬を表明,11月,イングランドに上陸した。形勢の不利を悟ったジュームズ2世は12月フランスに亡命,代わってウィリアムがロンドンに入る。翌年2月,議会はウィリアムとメアリを共同王に推戴することを決議,4月,彼らは議会の提出した権利の宣言に署名して王位についた。彼の政治の関心は対フランス大同盟をつくることにあったので,国内政治では中庸の政策をとらざるをえず,議会政治の発達を促進する結果となった。