●ウィリアム2世 ウィリアムにせい
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1060 ザリエル朝
1060?〜1100(在位1087〜1100)ノルマン王朝第2代の王。赤ら顔からルーフスと呼ばれた。ウィリアム1世の第3子でイングランド王を継ぐ。第1子ロベールはノルマンディ公,末子ヘンリ(のちのヘンリ1世)は王国財務責任者となる。3者とも,父のようにイングランドとノルマンディ公国両方を支配することをめざして争った。ウィリアム2世の治世は,ノルマンディ公国をめぐる3兄弟の対立抗争の時代といえる。国内での2度に及ぶ反乱は武力をもって鎮圧したが,父王のような賢明さをもたず粗暴な彼は,人民を圧政下におき,臣下の諸侯や教会とも衝突した。彼の支持者カンタベリ大司教ランフランクが没すると,5年間同管区の収入を掌中に収め,その後任命したアンセルムス大司教からは同所領財産を捕獲,大司教を大陸に亡命させてしまった。彼は,1100年8月2日,ニュー=フォレストで狩猟中,流れ矢にあたって急死したが,これはヘンリの陰謀だったといわれる。