●ウィットゲンシュタイン
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1889 ドイツ帝国
1889〜1951 ウィーン生まれの哲学者。初めドイツで工学を学び,イギリスに留学中,数学基礎論に興味をもち,論理学者フレーゲの勧めで,ラッセルについて学んだ。ラッセルの温かい指導にもかかわらず,彼にはとかく奇行が多かった。第一次世界大戦で捕虜となっているあいだに構想した論文『論理哲学論』(1921)は,ウィーンの哲学界に大きい影響を与え,いわゆる“ウィーン集団”の結成と,その論理実証主義の哲学の発展を促したといわれる。この論文は1922年,英独対訳で出版され,イギリスでも高く評価され,彼の学位論文にもなった。言語分析による,哲学からの形而上学の排除というのが,彼の主要な発想であり,これは人工言語(数式など)を用いる論理実証主義者だけでなく,日常言語を用いるイギリスの分析哲学オックスフォード学派にも,多大の影響を与えた。