●ヴィシー政府 ヴィシーせいふ
ヨーロッパ オーストリア共和国 AD1940 オーストリア共和国
第二次世界大戦中の1940〜44年,中部フランスのヴィシーに首都が置かれた親ドイツ政権。1940年6月22日フランスはナチス=ドイツに降伏し,それまでの憲法を廃止して7月10日ペタン元帥を国家主席として,彼に立法・行政・司法の各分野における絶対権を与えた。この政府は“労働・家族・国家”という権威主義的スローガンの提唱によって国民革命の実施を唱えたが,フランス本土の約5分の3はドイツ軍の直接占領下におかれ,アフリカの植民地はほぼド=ゴール将軍の“自由フランス”の勢力下に入っていたので,この政府の支配地域は一部に限られた。やがて1942年11月アメリカ軍が北アフリカに上陸すると,ドイツ軍はフランス本土全域を直接占領下においたので,この政府の独立性は完全に名ばかりとなった。他方このころよりドイツ軍に対する抵抗運動が急速に高まり,1944年夏,連合軍がフランスに進出すると,この政府は解体し,捕われたペタンらは反逆罪で刑に服した。