●ヴィゴツキー
ヨーロッパ オーストリア共和国 AD1896 オーストリア=ハンガリー帝国
1896〜1934 ソヴィェトの心理学者。1917年,モスクワ大学法学科とシャニャフスキー大学歴史・哲学科を同時に卒業。1924年精神神経学会における意識の問題をめぐる論争で心理学界に登場。1925年,芸術心理学で博士号取得。以後38歳の若さで病死するまでの10年弱のあいだ,ソヴィエト心理学界最高の理論家として活躍。中心課題は児童の言語・思考の発達的研究。まず,自己中心的言語の問題をめぐるピアジェとの論争は有名で,彼はピアジェとは異なり,自己中心的言語に積極的な意味をもたせ,それは社会的言語(外言)が思考としての内言へと分化していく過渡的段階を表すと主張し,その後この主張は支持されている。彼はまた,心的諸機能と社会的作用との統一を強調し,「発達の最近接領域の法則」を定式化した。この法則は,教育の可能性が現在の発達水準に支配されると同時に,発達の可能性が教育作用に依存していることを表す。彼の後継者はルリアである。