●ウィクリフ
アジア インド AD1330
1330?〜84 イギリス宗教改革の先駆者。ヨークシャーに生まれ,オックスフォードで学ぶ。聖職者・神学者でオックスフォード大学教授となる。また,レスターシャーのラタワースの司祭であった。1374〜76年,「聖界領主論」「俗界領主論」を発表して教会の世俗化,教会が財産をもつことを非難した。この説により彼は異端とされたが,なお教会批判を続け,1379年には,秘蹟におけるキリストの存在を否定する「聖体論」を公表した。彼は,聖体論を発表するまで,ジョン=オブ=ゴーントの保護を受けるなど世俗権力と密接な関係をもっていたが,これ以後世俗権力と袂を分かち,晩年には,ラタワース司祭館へ引退した。しかし,反教会主義の主張は高めていき,教会を媒介としない聖書中心の信仰を説いて世俗の喚起につとめた。彼の教えは,ロラードと呼ばれる人々により受け継がれる。なお,彼は聖書全編の英訳を行ったとされているが,これは宗教のみならず,英語史の上でも重要な意味をもつものである。