●ヴァレンシュタイン
ヨーロッパ イタリア共和国 AD1583 両シチリア王国
1583〜1634 ドイツ三十年戦争における皇帝側の名将。ベーメン(ボヘミア)の新教貴族の家に生まれたが,のちカトリックに改宗,三十年戦争のきっかけとなったベーメンの反乱(1618)に際しては,国王フェルディナント(1619年,神聖ローマ皇帝フェルディナント2世となる)を支持してこれを鎮圧,反乱新教諸侯の領地を没収し巨富を築いた。1624年フリートラント公となる。1625年には5万の傭兵隊を組織し,皇帝軍総司令官としてデンマーク王クリスチャン4世と戦い,ティリとともに王をドイツから駆逐した。1628年,功によりメクレンブルク公となり,1629年リューベックでデンマークと和約した。1630年,彼の強大化を恐れた旧教同盟諸侯の反発をかい,一時その職を解かれたが,スウェーデン王グスタフ=アドルフの侵入により戦況が悪化すると,1632年再び統司令官に起用された。彼は同年リュッツェンにスウェーデン軍と戦い,グスタフ=アドルフを戦死させはしたものの,戦いには敗れた。その後,彼は新教諸侯との休戦交渉に入ったが,敵との通謀を疑われ,1634年皇帝により再度罷免された。再起をはかったが,武将にも背かれ,彼らの計略により暗殺された。彼の性格やその悲劇的な生涯は,シラーの戯曲『ヴァレンシュタイン』にうかがうことができる。