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●ヴァイキング

北アメリカ アメリカ合衆国 AD 

 ノルマン人の別称で,「入江の民」という意味をもつ。北ゲルマンに属し,原住地はスカンディナヴィア半島・ユトランド半島で,8〜12世紀ごろに活発な民族移動を行い,ヨーロッパ世界一帯に多大な影響を及ぼした。

【民族と生活】彼らはデンマーク系・ノルウェー系・スウェーデン系に大別される。イギリスでは,デンマークから渡来するヴァイキングをデーン人と呼んだ。彼らの居住地は寒冷で瘠せていたため,農耕には必ずしも適さず,彼らは早くから海上に進出し,漁業・商業を営み,往々にして略奪行為を働いた。ヴァイキングが海賊を意味するようになったのはこのためである。8世紀ごろよりヴァイキングが各地へ移動した理由として,一つは彼らが航海術に長じ,冒険的・好戦的民族性を有していたこと,二つは人口の自然増により土地を所有できない者が多数発生したことがあげられる。その移動は,初期には少人数の集団で各地の海岸を襲い,略奪ののち帰国するという型が多かったが,やがて,大軍団を形成して海岸付近の島や河口に上陸し,そこを拠点として内地にまで侵入し,征服地に永住,建国するようになった。

【フランスヘの侵入】カール大帝死後の紛争期のころから,北フランス沿岸にはヴァイキングの襲来が相つぎ,やがて,河川を溯航して内陸部にまで侵入が及ぶようになった。対策に苦慮した西フランク王は,懐柔策として,首長ロロに北フランス地方を与えてノルマンディー公に封じ(911),封建的君臣関係を結んだ。翌年彼らはキリスト教に改宗し,以後急速にフランスに同化していった。

【イギリスの征服】8世紀末以来,イギリス・アイルランドにもヴァイキングの来襲は頻繁に行われた。9世紀末アルフレッド大王が彼らを撃退してからしばらくのあいだは,比較的平和な時代が続いた。しかし,11世紀初め,ヴァイキングの来寇が再開され,1016年デーン王カヌートが一時全イギリスを征服し,さらに1066年にはノルマンディー公ウィリアムが本格的な征服を成し遂げ,ノルマン朝を開いた。ノルマン人はアングロ・サクソン人と同化しつつ,イギリスをその勢力圏におさめたのである。

【ロシアの建国】東欧には主としてスウェーデン系ヴァイキングが進出した。862年ルーリックに率いられたルス族は,ノヴゴロドを都に公国を建ててロシアの起源をなし,880年にはキエフに都を移して近隣のスラヴ諸民族を征服した。この国はビザンツ帝国との交易を通してその文化を吸収し,一方ではスラヴ化も急速に進行して,10世紀末には,ノルマン的要素は消滅していた。

【地中海進出】この方面でのヴァイキングの活動は,すでに8世紀以来みられたが,とくに重要なのは,11世紀初めノルマンディーから出た一派が南イタリアに上陸してナポリ王国を建てたことで,1130年にはロジャー2世がシチリア島を合わせて両シチリア王国を樹立した。この国ではビザンツ文化やイスラーム文化を摂取して,独自なアラブ-ノルマン文化が形成された。

【大西洋進出】ヴァイキングは9世紀ごろより北大西洋にも進出し,アイスランド(860ごろ)・グリーンランド(983ごろ)を発見して,一部が移住した。1000年ごろには,首長レイフの一行はグリーンランドから西航して北アメリカ東岸に達している。彼らの植民は13世紀ごろまで続いたが,原住民の攻撃により滅んだという。彼らのつくったヴァイキング-シップは,全長20〜30m,幅6mの縦長で,両舷側に15〜20対の櫂を付け,1本のマストを立て,40〜50人が乗り組んだ。全体に頑丈な上に船足が早く,舵もよく効き,北海の荒波を突っ走るのに適していた。

【北欧3国の成立】ヴァイキングの各集団が海外への進出を繰り返しているあいだ,彼らの本拠地では諸部族が統合され,デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの3王国が誕生した。

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