●院近臣 いんのきんしん
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院政を行う上皇の側近として権勢を振るった廷臣。慈円は『愚管抄』のなかで,白河院以後,「シモザマノ人」である「院ノ近臣」が出現し,摂関家の政治勢力を衰退させたと説いている。彼らの多くは,中流以下の貴族層出身の実務官僚や受領,さらに院・天皇の乳母の血縁者らであった。院庁の別当年預などとして院務を執行し,院の意向・指示などを伝達して院中の評定にあずかるとともに,院の政治的権威を背景に国家の実務機構の中枢部にも進出して権勢を振るい,院政を推進する原動力の一つとなった。白河院政期の藤原国明・藤原顕隆・藤原基隆・高階為章,鳥羽院政期の藤原顕頼・藤原家成,後白河院政期の藤原信頼・藤原隆季・藤原俊盛・高階泰経らはその代表的な人物である。鎌倉時代以降も,院中の評定衆・伝奏などをつとめたのはこの近臣であるが,しかし,上皇の寵遇と政治的権威に依存する存在であったから,その地位は不安定であった。