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●インドの民族 インドのみんぞく

アジア インド AD 

 インド亜大陸の民族事情は言語・宗教・人種などの多様性とからみ合って,きわめて複雑である。インド文化を語るとき「多様性のなかの統一」ということがいわれるが,インド人が自らを「インド人」であると意識し始めたのは今世紀来のことである。それまでは「ベンガル人」であり,「マラータ人」「パンジャーブ人」,あるいは「ヒンドゥー教徒」「イスラーム教徒」「シク教徒」などであった。ところが,この「インド人」意識は最近またぐらつき始め,シク教徒の反乱やドラヴィダ独立運動などに顕著な分立主義への傾向がみてとれる。「インド人」という一体の意識は,国民会議派によるナショナリズムの宣揚と独立運動の過程で得られたものである。しかし,この意識は,共和国成立当初の熱狂とそれに続く一時期を除けば,インド史全体を通じて存在しないといって過言でない。

【多民族-多言語使用】インド共和国憲法は公用語として発展,普及させるべき言語を15記している。1971年の調査では,33万5,000人以上のものが281と報告されている。これらの言語は印欧語系・ドラヴィダ語系・アウストロ=アジア語系・チベット=ビルマ語系の4語族からなっている。後2者はいわゆる部族諸語であり,使用人口は合わせても3%に満たない。前2者はそれぞれ73%,24%程度とみられている。このような多言語使用状況は1956年以来,州編成が言語別に行われるようになり,各民族のそれぞれの言語・文化が州政治と直接結びつけられてさらに複雑化してきている。民族的対立が州という行政単位間の対立となることが多いからである。共通の国語が存在しないことによる国民意識の低さは,人種の「るつぼ」国家であったアメリカが「野菜サラダ」に変わりつつあることからみても納得のいくところであるが,インドの多言語使用状況はアメリカの比ではない。そこで共和国政府は単一の国語の制定をめざして,1950年代からヒンディー語の「国語」化政策をとっているが依然十分ではない。最近は人工衛星を利用して全国的規模でテレビ放送が行われるようになり,この政策は今後強力に推進されていくことであろう。ただ問題はヒンディー語を中心としたインド=アーリア語とドラヴィダ諸語とはまったく系統を異にした言語であり,歴史的な征服者-被征服者の関係や,インド国内のいわゆる南北問題とも絡み合っていて,ヒンディー語国語化政策がとても円滑に進むとは思えないことである。さらにたとえばヒンディー語と同じインド=アーリアンであるベンガル語を話す人々は独自のベンガル文化を誇り,ヒンディー語の国語化,ひいてはインド全体のヒンディー化を懸念する。インドの多民族-多言語そして多文化の状況は,各地の方言およびカースト方言によってますます混迷を深める。テルグ語(ドラヴィダ語系)を例にとれば,標準語か非標準語か,文語か否か,それも伝統的文語か現代文語か,ブラフマン階級か否かなどで結局八つの異なった用法があり,音韻論的・形態論的・文法的,また語彙的に独自のものである。このような状況がインド社会における円滑なコミュニケーションを阻害していることは言をまたない。とくに都市部ではさまざまな言語を喋る人々が入り乱れており,人々は否応なしにマルチ=リンギストにならざるをえない。しかし各言語に精通するのは困難であり,固有の母語をもつ諸民族が十分な意志疎通を行うことはほとんど不可能である。以上のように多様性そのものであるかにみえるインドの諸民族・諸言語であるが,統一の傾向がみられないわけではない。言語を例にとれば,諸語には語彙上の借用が頻繁にみられ,音韻論的にも文法的にも歩み寄りが観察される。その結果,現代インド=アーリア語はほかの印欧語よりもドラヴィダ語に似てきている。ある学者はこれを新たな語族の形成に向けての第一歩であるとさえいう。事実,社会言語学者のガンパースはマラーティ語とカンナダ語とで,単語の入れ換えのみで話が通ずるまでになっているケースを報告している。