●インドシナ
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インドシナという呼称には,広義と狭義の二つの用法がある。広義のインドシナは,アジア大陸の南東部に突出した半島(インドシナ半島)をさし,北に中国,西にインドを控えた中間地帯ということからIndo-China(フランス語でIndo-Chine)と呼ばれる。この地域は,現在のヴェトナム・ラオス・カンボジア・タイ・ビルマ,それにマレーシアのマレー半島部分を含んでいる。これに対して狭義のインドシナとは,同半島の東部を形成するヴェトナム・ラオス・カンボジアの三カ国(いわゆるインドシナ3国)をまとめていう場合に使われる。狭義のインドシナは,地理的には旧フランス領インドシナと一致する。ヨーロッパ人がIndochinaという場合は,一般にはこの狭義の意味で使用し,半島全体をさす場合にはIndochina Peninsulaと呼ぶことが多い。ここでは説明の重複を避けるため,狭義のインドシナを包摂したものとしての広義のインドシナの定義に従って記述する。
【地勢・気候・産業】インドシナ半島は北部の険しい山地をもって中国と区切られ,東は南シナ海,西はインド洋をもって囲まれ,南はシャム湾を抱く形にマレー半島が伸び,マラッカ海峡でスマトラと隔てられている。この地域は,おおむね北から南に仲びるいくつかの山脈と,それら山脈にはさまれた低地帯からなっている。大河川はいずれもこれら山脈に平行して流れ,下流には大きく肥沃な平野部を形成している。主要都市はいずれもこの河口デルタ上につくられている。
すなわち,いちばん東側では南北に長い海岸線をもつ南シナ海に平行して,アンナン山脈が東部インドシナ(=狭義のインドシナ)を縦走している。山脈の東は急傾斜地となってすぐに海岸に接し,平野は少ないが,西にはインドシナ第1の大河メコン川がタイ・ラオスの長い国境を画しつつ蛇行し,下流のコーチシナ・カンボジアにおいて巨大なメコン=デルタを形成している。
中部では,ビルマ・タイ国境のシャン高原からマレー半島にかけて小山脈群が連なり,それに沿ってメナム川がシャム湾に注いでいる。その流域はタイの穀倉地帯となっている。西部にはペグー山脈,アラカン山脈が走り,それに平行してサルウィン川・イラワジ川がベンガル湾に注いでいる。アラカン山脈はさらに,アンダマン・ニコバル諸島をへてスマトラに連なっている。このほか,東北部では中国雲南省に源流を持つソンコイ川(紅河)が,トンキン湾に注ぐ所でやや規模の小さいデルタを形成している。
気候的には,トンキンや北部山岳地帯が暖帯に属するほかは,地域の大部分が熱帯圏に属し,同時にモンスーン地帯に属している。降雨量は地形,季節風によって異なり,雨季には先の大河川を増水・氾濫させるが,冬の乾期にはラオスやタイ,ビルマの内陸部などは相当乾燥する。
こうした地勢ならびに気候から,地域の最大の産業は稲作農業であるが,他にゴム・ヤシ油・タピオカなどの熱帯農業が盛んであり,またチーク材など林産物も豊富である。また,半島各地で石油・天然ガス・石炭などのエネルギー資源や,鉄鉱石・スズ・金などの鉱物資源,各種宝石などを産出する。さらに各河川,とりわけメコン川は,水力発電にとって巨大な潜在的可能性を有するものであるが,政情不安などからその開発はまだ緒についていない。
【略史,民族】先史時代から古代にかけては,インドネシア系の諸種族が主流を占めていたが,この地域が海路交通の要衝にあったため,古来さまざまな外部勢力が渡来した。西暦紀元前後にはすでにインド人が金を求めて渡来し,文字や宗教などをこの地にもたらした。のちにヴェトナム人に滅ぼされたチャンパや,アンコール遺跡で有名なクメール文化などは,インド的影響を強く受けていた。また,古くからアラビアやローマの商船も来航していた。
その後,中国大陸からヴェトナム・タイ・ビルマなどの諸族がしだいに南下し,各地に王国を形成して相互に抗争を繰り返すようになる。すなわち,中国南東部の沿海地方からトンキンに住み,中国の統治を受け入れてその文化的影響下にあったヴェトナム人が,紀元1000年ごろから南シナ海沿岸沿いに南下を始め,インド文化系のチャンバを破り,先住インドネシア系諸族を山岳地帯に追いやって定住するにいたる。彼らはアンナン王国を築いた。
中央では中国四川省から南遷してきたタイ族が,スコタイ(13世紀),アユタヤ(14世紀)王朝を建て,一時滅ぼされたが18世紀にチャクリ朝をおこして今日にいたっている。さらに西では,やはり中国南部からきたビルマ族が,パガン朝・トゥングー朝などビルマ人の王国を建てた。こうして,中国文明の影響がやや遅れてこの地に刻印された。
近代に入ってヨーロッパ人が進出し,ビルマ・マラヤはイギリスの植民地に,ヴェトナム・ラオス・カンボジアはフランス領インドシナ連邦に組織され,かろうじて独立を維持できたのはタイ1国だけになった。 今日この地域に住む主要な民族としては,北方から来たヴェトナム人・ビルマ人・タイ人(およびその支族であるウオ人)のほか,インド人とインドネシア系原住民の混血からなるクメール人(およびその支族であるモン族),オーストロネシア語系のマレー人などである。彼らは高度な文化を持ち,この地域の歴史を織りなしてきた民族で,今日も冒頭に述べた六つの独立国家群を形成している。もっとも今日の国境と人種の分布とは必ずしも一致せず,むしろかなり混淆している。さらに,[1]宗教的にも大乗仏教(ヴェトナム)・イスラーム教(マレーシア)・小乗仏教(その他の国々)・キリスト教などが入り混っている,[2]主として山地に住む半未開の種族(総称して山地民族と呼ぶ)が数十種も存在している。こうしたことが,この地にしばしば困難な人種問題や政治問題をひきおこす背景となっている。
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