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●インド=アーリヤ人 インド=アーリヤじん

アジア インド AD 

広義にはインド=ヨーロッパ人の同義語に用いられたこともあるが、最近では、インドおよびイランに定住するインド=ヨーロッパ人の1支派をさす。インドの最古の文献『リグ=ヴェーダ』の言語は、イランにおこったゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』の言語やアケメネス朝諸王の碑文に残る古代ペルシア語ときわめて近い。しかも『ヴェーダ』と『アヴェスタ』の両文献に現れる神名および祭祀に関する術語は、きわめて著しい共通点を示しており、かつて言語・宗教・文化を共通にした民族、アーリヤ人が存在したことは疑いない。しかし、その共同生活を営んだ時期・場所は明確でないが、大移動の直前は、おそらく中央アジアの高原地帯だろうといわれる。前2,000年前後のころに、その一部が南下してアフガニスタンに入り、北インドのインダス河上流域、すなわちパンジャーブ地方に侵入し、古くから栄えていた都市文化のインダス文明(モヘンジョ=ダロなど)を滅ぼして、この地方に定住し、アーリヤ系インド文化の基礎を開いたが、これがインド=アーリヤ人で、インド最古の文献である『リグ=ヴェーダ』はこの時代のものといわれる。彼らは、尚武の気風に富んでいたが、宗教を重く用いて複雑な祭式を発達させ、祭官専横の傾向をもっている。産業は牧畜・農業を主とし、今日にまで伝わる牛の神聖視も始まっている。また乗馬に長じ弓術に巧みで、父権制度による家長および部族を統率する首長(王)を有し、大家族を単位とする部族国家を形成していた。やがて本拠を、ガンジス・ジャムナ河域に移すに従って農耕生活に主体が置かれ、国家組織も確立し、王権も伸長したが同時に司祭の権力も増大し、ヴェーダ末期にはカースト制度が確立されてきた。

 またこのころには、宗教面でもヴィシュヌ神とシヴァ神が頭角を現し、また月に関する多くの神話の成立も目立ってくる。これらはまたアーリヤ人のヴェーダ宗教と、非アーリヤ人の民間信仰との混合形成、すなわちヒンドゥー教形成の始まりともいわれる。さらに時代がくだるとともに、北インドを本拠に東部から中部・南部にまで彼らの勢力は伸びていき、先住民族を征服・吸収していったが、また逆に、強い影響を受けたことも確かである。すなわち、インド=アーリヤ人の世界が、それと対立する先住民の世界としだいに融合されて新しい世界、すなわちヒンドゥー世界に移行していったと考えられる。

 このようにして北インドから侵入したインド=アーリヤ人が、インド現住民に寄与したものはきわめて大きい。人種・言語はもちろん社会的・宗教的、その他あらゆる面にわたって、ドラヴィダ人とともにインドの一大基層民族をなしているが、とくにドラヴィダ人と異なるのは、大家族制による父権的社会、貴族政体を基とする強力な国家、インド特有のカースト制の形成などである。


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