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●陰隲文 いんしつぶん

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 中国明末から清代にかけて,勧善を説く善書の一つである。善書は南宋に『太上感応篇』が現れ,明末に陰隲文が覚世経や功過格とともに現れた。陰隲とは,『書経』洪範に〈天は下民を陰隲す〉とあることにもとづくもので,天がひそかに人々の日常の功罪を判断して禍福を下し定めるということである。陰隲文の本文は544字のものが多く,その注釈とともに現存しているものは,ほとんど清代のものである。陰隲文は,明末の科挙に必要な学を学ぶ士人層を対象として,文昌(梓潼)帝君信仰を中心としてしだいにつくられるにいたった。とくに道教金丹派の影響が強く,儒仏道三教兼修の立場をうけた明末の士人層を主体として作成された。文昌帝君とは,本来,文昌星という星であるが,しだいに人格を付与されて神となり,科挙に応ずる者によって信仰されたのである。

〔参考文献〕酒井忠夫『中国善書の研究』1963,弘文堂