●隠居慣行 いんきょかんこう
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家長が生前に家長権を,次代の相続人に譲り渡して隠居することに伴う諸慣行。隠居によって対外的な責任,すなわち村落・同族・親族などとの交際は新家長にすべて委ねるのが普通であるが,対内的な権限,すなわち家族の統制・財産の管理・祭祀の執行などについては一度にすべてを引き渡すとは限らない。たとえば力仕事の監督はいち早く譲渡しても,先祖祭りはなお長く掌握しつづけるといった例が多い。したがって隠居者の生活内容はさまざまであるが,居住・食事・経済のあり方に着目するのが便利である。隠居すれば相続人と別居・別食・別財の暮らしを送るものから同居・同食・同財のものまで,諸種の組合せがみられる。これらの中心になるのが居住の条件であり,それは数少ない隠居の方言,ヘヤ・ツボネ・ヨマなどがいずれも建物呼称であることによっても知られよう。【同居隠居】隠居後も母屋(おもや)内で相続人と同居しつづける方式である。隠居者は裏側のナンドから表側のザシキヘと居室だけ変えるようになる。東北・北陸地方や南西諸島の奄美・沖縄方面には慣行としての隠居はみられず,家庭の不和や経済的な事情などによるものだけなので,隠居しても別居を避けようとしている。同居隠居では同食・同財となりやすく,相続人に寄りかかろうとする態度が著しい。ただ漁村や離島では土地が狭くて別居用の建物が設けられず,母屋を壁で仕切って,同居・別食・別財の隠居生活を過ごす例が現れている。
【別居隠居】隠居の盛んな地域では,母屋とは別に隠居屋を設ける場合が多い。そして,その隠居屋に隠居者夫婦だけが移る“単独別居隠居”と相続人以外の子女を連れていく“家族別居隠居”の2種が各地に分布している。前者は,両親が母屋に長くとどまり,相続人以外の子女を全員,分家に出すとか結婚させるとか片づけてから隠居する場合に行われるもので,年齢的には老齢隠居,生活的には“楽隠居”となりがちである。これに対して後者は,相続人の結婚とともに行われるのが普通で,年齢的には壮年隠居であり,生活的には連れて出た子女の分家・結婚を隠居屋で企てなければならず,退隠とはほど遠い内容となる。家族別居隠居では,別食・別財も行われ,相続人とは別の世帯を形成し,同じ家族でありながら世代ごとに複世帯の生活を営むようになる。ときにはさらに前代の隠居者が健在で,複数の隠居が出現することもあり,前代の方をサンキョ(散居)・カンキョ(閑居)などと呼ぶ。この種の隠居では嫁と姑は同居しないので両人の緊張関係は発生せず,“嫁の天国”と称される。
【隠居分家】家族別居隠居と似てはいるが,隠居屋を新たに建てて移り住み,やがてその隠居屋を連れて出た子の分家にあてる方式をいう。典型的な隠居分家では,長男が結婚すると,両親は旧来の家を長男に譲り渡し,二男以下の弟妹を引き連れて別居隠居し,二男の結婚にあたってその分家のために隠居屋を与え,三男以下とともに再び別居隠居するというように,末子の結婚・独立まで隠居と分家を繰り返すのである。この方式でも子女を全員片づけたのち,初めて両親の退隠が可能となる。また1つの世帯に2組の夫婦が同居せねことは家族別居隠居と同じである。隠居分家慣行は,[1]東京都伊豆諸島,[2]三重県南部と紀伊半島,[3]瀬戸内海中西部,[4]九州西北部,とくに五島列島,[5]南九州,とくに鹿児島県など,数地区に濃く分布していた。
【分住隠居】隠居分家終了後,父親は本家(長男家)に,母親は分家(二男家)にと別々に退隠生活を送る慣行がある。また普通分家でも,二男の分家に母親だけが同行して,同様に分住となる場合がある。あわせて分住隠居と名づけられている。生前の分住だけでなく,別々の家で死ねば,父親の葬式や年忌は本家で,母親については分家で別々に営むことになり,“分牌(ぶんぱい)祭祀”という。分住隠居・分牌祭祀の習俗も関東から九州まで隠居地帯に点々と分布している。
〔参考文献〕竹田旦『民俗慣行としての隠居の研究』1964,未来社
竹田旦『「家」をめぐる民俗研究』1970,弘文堂
『大間知篤三著作集』1,1975,未来社