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●允恭天皇 いんぎょうてんのう

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 5世紀前半ごろ在位か。仁徳天皇の皇子であってその母は葛城之石之日売。同母兄弟である履中天皇・反正天皇につづき遠飛鳥宮で即位。第19代天皇。在位期間は『日本書紀』によると41年間。諱は雄朝津間稚子宿禰(をあさづまわくごのすくね)。皇后は応神の孫とされる忍坂大中姫命である。『記紀』の允恭朝の記述としては,天皇と,皇后の妹である衣通郎姫(そとほしのいらつめ)との恋物語,木梨軽太子と同母妹大郎皇女の相姦,新羅との通交などがみられるが,なかでも氏姓の誤りを正すため飛鳥の味橿丘(うまかしのおか)に探湯瓮(くかヘ)を置き,盟神探湯(くかたち)を行ったことは著名。『宋書』夷蛮伝にみえるいわゆる倭の五王の済にあてるのが通説であって,それによると443年・451年に遣使している。皇后とのあいだに安康天皇・雄略天皇らが生まれている。皇后のために刑部(おさかべ),衣通郎姫のために藤原部を設けた。天皇の陵墓は河内国志紀郡の恵我長野北陵(『延喜式』)とされている。