●巌本善治 いわもとぜんじ
アジア 日本 AD1863 江戸時代
1863〜1942(文久3〜昭和17)明治・大正時代のキリスト教女子教育者。商家の井上家の子として生まれ,漢詩人巌本琴城の養子となり,妻に若松賎子をめとる。兵庫県生まれ,号は如雲という。1876年(明治9)上京して学農社に入り,西洋大農法の普及に当たっていたが,津田仙の影響を受けて,キリスト教徒になった。その後,津田仙のような男女平等と反する人と異なり,巌本は女性解放を説き,1884年(明治17)日本最初の婦人誌「女学新誌」(1885年「女学雑誌」と改題)で活躍し,ついで1885年(明治18)には,基督教新聞を発刊主宰し,そのなかで一夫一婦制を説き,廃娼を主張している。とくに経済的自立こそ女性解放の要件であると説いたことはその優れた経世的才能による。1887年(明治20)明治女学校の教頭となり,女子教育に力を尽した。その門下から大塚楠緒子・野上弥生子・羽仁もと子らが輩出している。しかし彼は「姦淫の空気」とて鹿鳴館主義には反対している。これもキリスト教に立つ清純を求めた人の強さと把握したい。