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●岩佐又兵衛 いわさまたべえ

アジア 日本 AD1578 室町時代

 1578〜1650(天正6〜慶安3)江戸初期の画家。江戸時代から風俗画の名手として浮世又兵衛と称された人。勝以(かつもち)は字。摂津国伊丹城主荒木村重の末子。父が織田信長に滅ぼされたのち,又兵衛は武人としての道を歩まず,母方の岩佐姓を名のって画家となった。1615年(元和1)ごろ,京都から福井へ移り,城主松平忠直の愛顧を受けた。1637年(寛永14)には江戸へ上京,川越東照宮拝殿の『三十六歌仙絵額』(1640)などを制作し,福井へ帰ることなく江戸で没した。前記歌仙絵額には,〈土佐光信末流〉と自ら書いているが,ほかに狩野派などの漢画にも学ぶところがあった。漢画系統の代表作には,熱海のMOA美術館蔵『人麿・貫之図』2幅があり,大和絵系統では山種美術館蔵の『官女観菊図』と川越の前期『三十六歌仙絵額』がある。MOA美術館の『山中常磐絵巻』や徳川黎明会蔵の『豊国祭礼図屏風』も彼の作品として有力視されている。