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●頤和園 いわえん

アジア 中華人民共和国 AD 

 北京中心部より西北約15kmに位置する清朝時代の離宮庭園。総面積290ヘクタール,うち湖水が4分の3を占める。高宗乾隆帝は母皇大后の還暦を慶祝するため,この地の瓮山万寿山,西湖を昆明湖と改名し,15年の歳月を費やして広大な山水を囲い込む離宮庭園を完成した。セイキエン※注1※と命名された万寿山の離宮は,康煕・雍正時代暢春園円明園玉泉山静明園・香山の静宜園とあわせて,北京西郊の「三山五園」と称された。1860年(咸豊10)セイキエン※注1※は他の園とともにイギリス-フランス連合軍の掠奪放火にあい,木造建築のすべてを焼失したが,1886年(光緒12)より西太后慈禧の命によって修復が開始され,1888年(光緒14)には頤和園と改名された。このとき海軍衙門が園修復の責任をおい,多額の海軍費がこのために流用されたことは有名である。1900年(光緒26),義和団事件に際し再び破壊をこうむったが再度修復され,1904年(光緒30)より旧清皇室が有料の公園として開放した。人民共和国成立後は重点的に整備され,北京有数の行楽地となっている。

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