●イロクォイ族 イロクォイぞく
北アメリカ アメリカ合衆国 AD
イロクォイ語族に属するアメリカ原住民族。高度の政治組織をもち、アメリカ大陸における英仏戦争において英国の側について戦ったことで有名。
【分布】モホーク渓谷上流および中流域。五大湖周辺。
【歴史】16世紀、カルティエの探検時代、イロクォイ族はカユガ、モホーク、オネイダ、オノンダガ、セネカのそれぞれ独立した部族からなり、相互に戦争を繰り返す。1570年以後、部族連盟を形成し、イロクォイ連盟、あるいは五国家として知られる。とくに1615年ごろよりペンシルヴァニアに移住しはじめたオランダ人から鉄砲を得たのち、部族連盟は強大化する。英仏戦争において英国側につき勝利を収める。そののち、オネイダを除いたほかのイロクォイ族はアメリカ植民地開拓者に敵対する。英国側についたモホーク・カユガなどはカナダ領オンタリオのグランド=リヴァーに居留地を与えられ、オネイダはアメリカ合衆国ウィスコンシン州のクリーン=ベイに居留地を与えられる。
【文化】トウモロコシ・マメ・カボチャの栽培を行うほか、シカの狩猟・漁撈を生業とする。母系出自、妻方居住婚であり、拡大家族がロングハウスに住む。母系リネージはクマ・オオカミ・カメ・シカなどの名称をもつ氏族に統合される。さらに、カユガ・オノンダガ・セネカにおいてはこれら氏族は半族を形成する。氏族は外婚および財相続の単位となる。耕作儀礼・死者に対する祭礼・仮面結社による祭礼がみられる。
【人口】1600年、ムーニーの推定によると5,500人。1677年と1685年には16,000人。1689年には12,850人、1774年には10,000人から12,500人、1904年には16,100人であり、このうち10,418人はカナダ領に住居。 1923年にはアメリカ合衆国に8,696人、カナダに11,355人で合計20,051人となっている。