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●伊里布 いりふ

アジア 中華人民共和国 AD1772 清

 1772〜1843 中国,清代の官僚。字は萃農。満州ジョウコウキ※注1※の旗人。1801(嘉慶6)年進士に及第し,国子監学正となったあと,雲南の地方官となり,この地方の反乱鎮定に功をあげた。ついで安徽太平知府や浙江按察使・雲南巡撫・雲貴総督などの要職を歴任し,1840年(道光20)両江総督に就任した。アヘン戦争が勃発し,イギリスが舟山列島を攻略すると,欽差大臣に任命されて浙江に赴いて軍務および外交に当たったが,清朝が期待した成果をあげ得ず,罪を得て一時失脚した。しかし英軍が南京に迫ると,清朝は再び彼を起用し,耆英牛鑑とともに講和を議し,イギリス全権ポッティンジャーと会して南京条約を締結した。ついで欽差大臣・広州将軍に任命され,追加条約の交渉に当たるため広州に赴いたが,同地で病死した。張喜の著『探夷説帖』および『撫夷日記』は,伊里布とイギリス全権との外交交渉について記録したものである。

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