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●医療人類学 いりょうじんるいがく

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【医療人類学の研究領域】人類学のなかで,とくに病気と健康保持および病気治療を取り扱う分野をいう。人類学は従来人間の形質学的・生物学的側面を研究対象とする形質人類学(phYsical anthropoloGY・bioloGical anthropoloGY)と人間の社会・文化を研究対象とする文化人類学(cultural anthropoloGY)と社会人類学(social anthropoloGY)とがある。医療人類学はその双方において成立する研究分野であり,したがって広般で多様な問題が研究対象となる。

 形質人類学では,[1]人間をとりまくエコロジカルな状況と病気,[2]形質的・生物学的案件と病気,[3]食料・栄養摂取の行動様式と病気などの研究テーマが取りあげられ,医学との学際的な研究が行われるのもこの分野である。

 一方,文化・社会人類学の分野では,[1]その社会の伝統的医学・民間医療と伝統的な知識や技術体系との関係,[2]疾病観念と治療行動との関係,[3]疾病観念と世界観・信仰体系との関係,[4]病人や治療者の社会的・文化的位置づけなどの研究テーマが取り扱われる。いずれにしろ,その場合基本となる考え方は,病気と治療にかかわる観念と行動は一つの体系として社会のなかに存在していることを前提として研究を行うところにある。研究対象となる地域は,人類学一般の傾向にそい,「未開社会」あるいは「伝統的社会」の病気と治療が主な対象となるが,近代医学の普及が著しい社会においても,医学の専門家以外の人々は伝統的医療や信仰と強い関係をもつ疾病観念を抱き,治療行動をすることが注目されている。また,アメリカ合衆国のような多民族国家においては,民族的背景の違いが近代医学への人々の接し方の違いとなって現れるため,医療人類学は医療と看護の実践の分野における応用学としての機能をもつことが認められている。

【医療人類学の歴史】文化人類学・社会人類学においては,この分野の出発当初から信仰との関係で病気・治療の問題は多くの研究者の注目を集めてきた。病気の原因を妖術(witchcraft)や邪術(sorcerY)に求めること,呪術的な治療行動・治療儀礼・宗教的指導者が持つ病気治療の能力など,世界各地から多数の報告が行われ,優れた分析が行われてきた。しかしこれらの研究はその成果はともかくとして,病気・治療にかかわる観念と行動は主として信仰体系のなかで取りあげられたのであって,それ自体が一つの社会的・文化的体系として研究対象となってはいなかった。

 「医療人類学(medical anthropoloGY)」の語は,1950年代にアメリカで使われ始め,病気と治療という領域から,人間の社会的文化的側面を研究しようとする動きがみられるようになった。そして,1970年代になって,一挙にこの分野は隆盛をみるようになり,とくにアメリカの人類学会では研究者の数・研究論文・著書の数は他国の人類学会とは比較にならないほど多い。一方,研究者数は少ないものの,近代医学と伝統的医学および信仰的要素の強い民間療法が複雑にからまりあっているラテンアメリカ諸国やアジア諸国出身の人類学者たちの優れた研究成果もみられるようになった。

 しかし,多くの研究が行われてはいるものの,医療人類学の明確な研究対象領域や方法論についての定義や了解は,いまだ存在せず,研究テーマは多様であり,他の学問領域との関係の調整や,医療人類学を,形質人類学と文化・社会人類学のはざまのどの地点に置くことを想定するか,などについては,個々の研究者の関心や学問上受けてきた訓練の内容などによって異なっている。このようなあいまいさや多様性は,つまるところ,病気という現象の多様性,それに対する人間の観念と行動の多様性,つまりは文化的・社会的な他の要素との複雑なからまりあいによるものである。