●イランの石油国有化 イランのせきゆこくゆうか
アジア イラン・イスラム共和国 AD1951 パフラヴィー朝
1951年にムサデク政権が行った石油産業の国有化。産油国における石油産業国有化の試みは1938年のメキシコが最初であるが,中東ではイランが初めてであった。当時のイラン産油設備はすべてブリティッシュ=アングロ=イラニアン石油会社(現在の英国石油,略称BP)が掌握していたが,1951年3月にイラン石油政策委員会議長から首相に就任したムサデク(Mussadiq)は従来の持論であった石油産業国有化を実施した。しかしアングロ=イラニアン社はイラン産石油の国際市場での購入を国際法上阻止し,またイギリス政府がボイコット政策をとったために,イラン産石油は海外には販売されなかった。1953年8月のクーデターによりムサデク政権が崩壊したのち,大手国際石油資本8社(いわゆるセブン=シスターズ7社およびフランス石油会社,略称CFP)は,イラン国営石油会社との契約によりイラン産油の販売権を入手し,1954年10月にはイラン産油は再び国際市場で扱われるようになった。アングロ=イラニアン社は,イラン政府から国有化にともなう直接補償支払いを受けたのである。大手国際石油資本が国際政治に深く関わった事例として有名。
〔参考文献〕アンソニー=サンプソン・大原進・青木葉一訳『セブン・シスターズ−不死身の国際石油資本−』1976,日本経済新聞社