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●今川義元 いまがわよしもと

アジア 日本 AD1519 室町時代

 1519〜60(永正16〜永禄3)戦国大名。今川氏親の子(通説では三男)。幼時より太原雪斎に預けられ,雪斎とともに京都の建仁寺・妙心寺に学び,1535年(天文4)ごろ,富士郡の善得寺に入った。翌1536年,兄氏輝が早世し,子がなかったため,異母兄玄広恵探(花倉遍照光寺住職)と家督を争い,花倉の乱で恵探を滅ぼし,今川家9代の家督を継いだ。甲斐の武田信玄の妹と結婚し,雪斎を軍師に登用して三河に攻め入り,駿河・遠江・三河の大名となった。のち,雪斎の斡旋で,相模の北条氏康とも手を結び,「甲相駿三国同盟」といわれる3国同盟を足場に,強大な領国支配を進めていったのである。「仮名目録追加」21カ条の制定をはじめ,尾張への進出などみるべき成果が多くあったが,1555年(弘治1)に雪斎を失ってからは策を誤り,ついに1560年(永禄3),2万5,000の大軍を率いて尾張に軍を進めたところ,織田信長によって桶狭間で討たれてしまった。

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