●イプソスの戦い イプソスのたたかい
AD935
アレクサンドロス大王の死後,アンティパトロスを中心として一応均衡を保っていた帝国内の勢力争いが,前319年の彼の死によって崩れ,大フリュギアの総督アンティゴノスにアレクサンドロス帝国再統一の機会を与えた。彼とその子デメトリオスはアンティパトロスの子カッサンドロス(マケドニア)・セレウコス(シリア)・プトレマイオス(エジプト)と次々と戦ったが,彼らの勝利と領土拡大はほかの後継者(ディアドコイ)たちに不安を与えた。ついに後者はリュシマコス(トラキア)を含めて連合し,前301年小アジアのフリュギアのイプソスでアンティゴノスと会戦した。戦いに敗れたアンティゴノスは自殺し,その結果帝国分割が承認されることになった。ヘレニズム時代を通じて勢力拡大をはかる諸王の対立抗争はつづいたが,以後再びアレクサンドロス帝国は統一されることがなかったのである。