●稲生若水 いのうじゃくすい
アジア 日本 AD1655 江戸時代
1655〜1715(明暦1〜正徳5)江戸中期の本草学者。名は宣時,字は彰信,通称は正助,若水は号。淀侯の儒医稲生恒軒の子として江戸に生まれる。医学を父に,本草学を大坂の福山徳潤に,京都の古義学派伊藤仁斎に儒学を学ぶ。1693年(元禄6)学問に関心の深い加賀藩主前田綱紀に儒者として召し抱えられ,隔年詰ということで京都で研究に従うことを認められ,研究と図書収集につとめ,当時の本草学の基本書『本草綱目』を補う『庶物類纂』(しょぶつるいさん)の編さんを命ぜられ,中国の典籍174種に出てくる動植物関係の記事を広く集め,総合整理して1697年執筆にかかり,362巻を仕上げて亡くなった。のち将軍吉宗の命で,若水の子新助らが638巻をつくり,合計1,000巻が完成した。若水は薬物などを主とした本草学に,動植物全体を対象とする博物学への方向を与えた。門人に松岡恕庵・丹羽正伯・野呂元丈らがいる。〔参考文献〕日本学士院編『明治前日本生物学史』1 1960,日本学術振興会