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●因幡 いなば

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 鳥取県東半部の旧国名。法美郡稲羽郷に国府を置き7郡を擁した上国。古郡家1号墳(90m,困幡最大級前方後円墳。中期)を含む美和古墳群,奈良朝以前の寺院址7箇寺,大社宇部神社以下式内社50座など,都に近く古くから栄えた当国の様子をしのばせる。奈良朝半ばに成立した東大寺領高庭荘や石清水八幡宮領滝房荘を初め平安中期以降に成立した荘園も多い。平安末期に後白河院の執事藤原隆季の知行国となる。鎌倉初期に佐々木高綱が守護に補任,建武中興で名和長年,室町時代は山名氏が1580年(天正8)豊臣秀吉に滅ぼされるまで歴代守護職にあった。江戸時代は1617年(元和3)池田光政が因幡・伯耆32万石を領し,1632年(寛文9)光政と従弟岡山藩主池田光仲とが封地交替。12代慶徳のときに明治維新を迎えた。鳥取平野を除くと山がちな因幡15万石の特産は漆と鋳物・鉄。千代川と蒲生川の河口に賀露と網代の漁港があるが,鳥取砂丘で著名な海岸部は良港に恵まれず,志戸坂峠を越えて播磨と結ぶ古道と海岸部の旧官道が古来外界との主要交通路であった。

〔参考文献〕安陪惟親『因幡誌』