●稲作儀礼 いなさくぎれい
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稲の栽培過程の折り目ごとに行われる諸儀礼全体のことをいう。現行の稲作儀礼は、稲作過程に沿って予祝儀礼・播種儀礼・田植儀礼・成育儀礼・収穫儀礼の五つの儀礼群から構成されている。それぞれの儀礼は各農作業と不可分の関係にあるとともに、作業にはさまざまな禁忌も伝承されており、稲作は単なる生産活動ではなく、一種の祭式としての性格をもつといえる。また、稲作や米は日本に稲作が普及した弥生時代以降、政治・経済の中心的役割をも担い、農耕文化の中軸となってきたので、稲作の過程やそこにある心意は、年中行事とか民俗信仰を形づくる基盤となってきた。稲作儀礼のなかには、稲作の折り目を基準とせず、実修が定期化し、年中行事となっている場合が多く、さらに儀礼に表れる神観念は田の神を中心にしながら祖霊信仰とも深く関連し、民俗信仰の大きな要素となっている。予祝儀礼は実際の稲作に先立ち、稲の豊作を祈念して行われる儀礼で、1月上旬から小正月といわれる15日前後に集中している。これには稲作の各作業を模擬的に行ったり、稲の結実した姿を模擬的に作って示す類感呪術的な儀礼とその年の豊凶を占う儀礼がある。稲作作業を模擬的に行う儀礼というのは、田打正月・鍬入れ・庭田植・サツキ・田遊びなどで、作業の一部分または田打ちから稲刈り・稲積みまでの一連の作業を模擬的に行ったり、鳥追い・モグラ打ちなどのように、農作に害を与える鳥獣をあらかじめ駆除しておこうという儀礼であり、稲の結実を模擬的に作って示すというのは、稲の花・餅花などといい、木の枝に餅や団子をつけて飾り豊作の姿を示し、かくあれと願う儀礼である。豊凶の占いは、作柄・天候・品種等についての占いで、粥占い・豆占い・鳥占いのほか、弓射や綱引といったムラとしての競技的な占いをする所もある。播種儀礼は苗代への播種に際して行われる儀礼で、水口祭り・ミト祭り・種まき祝いなどといい、苗代田へ木の枝や草・季節の花・または小正月の削り掛け等を立て、焼米や洗米を供え、稲作の神である田の神を迎え祭る儀礼である。この後の田植儀礼も、再び田の神を迎え、送る祭りとして行われている。田植えの開始時にはサオリ・サビラキ・サイケサンバイオロシなどといわれる初田植の儀礼があり、草木や季節の花を田に立てたり、苗を家の神にあげて田の神を迎えている。田植えが終わると、サオリに対してサナブリ・サノボリといったり、あるいはシロミテ・泥休み・馬鍬洗い・野上りなどといい、田植えの終了を祝い、田の神を送る儀礼がある。サナブリには田植えを手伝ってくれた者を招いて宴が催され、またムラ全体の田植えが終わるとムラとしての祝いも行われる。田植儀礼は全国的にみられ、さらに中国地方などには大田植・花田植といわれる民俗芸能的な田植えも伝承されており、稲作のなかでは最も神事的な色彩が強い。成育儀礼は稲の成育を災害から守るため行われる呪術的な儀礼である。これにはウンカやメイチュウなど稲の害虫に対する虫送り・早魃時の雨乞い・台風に対する風祭りが広く行われ、長雨に対しての日乞いとか青祈祷を行うところもある。虫送りや風祭りは、虫や風の害を悪霊の仕業と考え、この悪霊をムラ境などに送る鎮送呪術や対抗呪術の形式をもって行われている。収穫儀礼は、稲刈りから脱穀・調整にかけて行われる儀礼で、稲刈り開始時あるいはその前には穂掛け、刈り取り終了後には刈り上げ、脱穀・調整後には稲上げの儀礼がある。これらの儀礼は、基本的には各作業に付随しているが、収穫は最大の関心事であるので、秋に行われるさまざまな年中行事や祭りに分化し、さらに各地で独自な展開をとげており、全体として複雑な様相をもっている。宮廷行事である神嘗祭と新嘗祭は、民間の穂掛けと刈り上げに対応する儀礼と考えられ、各地の神社の秋祭りは大半が刈り上げ祭としての性格をもつ。穂掛けは、稲の初穂を田の一隅や家の神などに供える儀礼だが、八朔・秋の社日・十五夜に行うとしているところも多い。刈り上げは、おおむね東北地方では9月の三九日、関東・中部地方では10月の十日夜、近畿地方以西では亥の子に行い、また北九州地方ではお丑様といって11月の丑の日、石川県の奥能登ではアエノコトといい12月5日に行い、刈り上げのときには田の神が田から天や山へ、あるいは田から家へあがるとする伝承が濃くみられる。
〔参考文献〕伊藤幹治『稲作儀礼の研究』1974、而立書房
倉田一郎『農と民俗学』1969、岩崎美術社
