●井戸 いど
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用水を得るための施設。現在井戸といえば掘井戸をさすことが一般的である。しかし本来は自然の湧水や流れ川を利用した。同一の湧水を利用しながらも数m離れ,泉に近い所で飲料水を汲み,その下で洗濯物を洗うことも普通のことであった。もともとイ(井)ということばは流れ水の止まる所をさし,堰をつくって水を溜めておく所であった。九州地方で井戸をカー・イカワと呼んでいる点や,伊豆大島などで共同井戸をカーと称しているごとく,泉や流れ川が飲料水・洗濯に利用されてきたのであり,それが掘井戸の普及する以前の姿であったといえる。【各種の井戸】用水の需用の増加や集落の発展によって,泉や流れ川を利用するだけでは不足となり,地表から掘り下げて地下水を利用するようになった。井戸の構造や掘り方・採水方法によって各種のタイプが認められる。柄杓や樋で水を汲む方法をとり,地下水面の深い所では,地表から階段を設けたり螺旋形の路をつけることが行われている。そのなかでは東京都羽村町のマイマイズ井戸が螺旋形井戸としてよく知られたものであり,それは周囲が60m,地表からの深さが約10mという大型のものである。一方,階段式の井戸は今日でも山村・離島などでみることができるが,そのほとんどが同一水源を利用しながらも動力によって汲みあげる方式に代わってきている。日本における掘井戸は弥生時代にみられ,素掘りのものと丸木をくり抜いて井筒を入れたものなどがある。飛鳥時代に降井戸の発達は顕著になり,奈良時代には釣瓶(つるべ)を使用した井戸や,石敷きの洗場・排水溝などを備えた井戸が出現した。中世から近世にかけて玉石や割石を木口(こぐち)積みにした円形の井戸が一般化してきた。しかし個々の家に掘井戸が普及するようになるのは近代以降のことであり,むしろムラで共有する共同井戸のほうが一般的であった。井戸は竪井戸と横井戸とに分けることができ,最も普通の竪井戸は手掘りの自由地下水あるいは不圧地下水を対象とした浅井戸で,直径1・2m,板や石,今日ではコンクリートで井壁を保護してある。かつては滑車や撥釣瓶(はねつるべ)などを用いて水を汲んでいた。横形式の井戸の小形のものは突井戸と称されるもので,これは崖や民家の裏山などに小さな横穴をあけ水を集める簡単なものである。大量に用水を集める場合には,河川に管を埋めてその伏流を集める集中暗渠,山麓部で掘りあてた母井戸の水をトンネルを掘って集落まで引いてくる集中トンネルなどがある。集中トンネルは一般にマンボと称され,三重県鈴鹿山麓・奈良県葛城扇状地などが有名である。
【井戸と民俗】人間にとって飲料水は必要不可欠のものであるところから,井戸は神聖視され,井戸を巡る豊富な民俗が展開されている。たとえば大井社・御井社などと呼ばれる神社をまつることも各地にみられ,発掘された中世の井戸からは,節をくり抜いた青竹と,“金貴大徳”という呪符が発見されている。こうした例は今日の民俗にも伝承されており,井戸を埋める場合は節を抜いた竹を中に入れて埋めるものとされ,それをしないと家に災難があると観念されている。また正月や屋敷神・家の氏神の祭りの折に井戸神をあわせてまつることも多く,何らかの形で井(戸)神をまつることは全国的な習俗である。清水を巡る伝説も多く,なかでも弘法大師が巡ってきた折に彼の威徳によって湧き出した泉と伝えるタイプが多い。この弘法清水の伝説には各種のタイプが認められるが善人悪人とを対比させるタイプもよく知られている。井戸は神聖視されるほかにこの世とあの世・他界とを結ぶ入口として観念されてきた。死の直後,死者の体から遊離した魂を呼び戻すため,井戸の底にむかって死者の名前を呼ぶ所も少なくない。また麦粒種を治す民間医療の一つとして,井戸にむかって少しみせて,完治したら全部みせるという呪術的行為も井戸を他界の入口とする観念にもとづくものといえよう。
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