50音順    検 索

●イデオロギー

AD 

【意味と用法】イデオロギーということばは,今日新聞雑誌をはじめ日常生活でも頻繁に使われ,外来語として定着しているが,その意味は必ずしも明確でなく,ときには混乱がみられることがある。大きく分けるとこのことばは,[1]善し悪しの評価抜きに一般的中立的に用いられるときと,[2]なんらかの非難の意味を込めた蔑称として,マイナスの符号をつけて用いられる場合がある。しかも,その両者が微妙にからまり合っているところに,このことばの使われ方の特殊なあり方がある。

 一般的には,イデオロギーとは,あるまとまりと一貫性をもった思想・認識・価値観・信条のシステムをさすが,とくにそういう形でつくられた広義の理論体系が,[1]それ自身としてよりは,その社会的機能の面で問題化され,[2]その担い手ないし主張者が,特定の階級や政党など,なんらかの社会的立場を代弁している場合に,イデオロギーと呼ばれる。アメリカなどでは,しばしばイデオロギーは理論体系と同義に使われることもあるが,これは少々広すぎる用法であって,ある理論体系が,純粋な認識のシステムとしてよりは,ある実践的な意味をもつものとして,つまり,その内在的意味よりは外在的機能の面で受け取られ,かつその主張がなんらかの社会的立場に拘束されている場合,それをイデオロギーと呼ぶべきであろう。その意味ではイデオロギーとは,「社会的な観念形態」もしくは「社会的意識形態」であり,そこから「特定の政治的立場にとらわれたものの考え方」という通俗的用法が派生してくる。

 このようにイデオロギーというものが,なんらかの社会的・政治的立場と切り離せないとすれば,それは,それとは別の対立する立場と衝突することになる。つまり,社会的・政治的立場が複数であり,相互に対立するものであるとすれば,そういう立場を代弁するイデオロギーは当然対立し合い,自分の立場の正当性を主張すると同時に,敵対する立場の正当性を奪おうとする。こうしてイデオロギーが,つねに自己の正当性を肯定し,他者のそれを否定するものだとすれば,当然イデオロギーということばは,論理的には一般的・中立的に規定することができても,実際の具体的状況のなかでは,つねに非難の意味を込めた蔑称として使われることになる。つまりそれは正当性をもたず,真理性を欠く意識,すなわち「虚偽意識」である。

【歴史的背景】もともとイデオロギーということばは,18世紀のフランスの唯物論哲学者ド=トラシイ(1754〜1836)によってつくられたものである。これは観念(イデア)と学(ロゴス)という二つのことばから合成されたもので,本来,観念の心理学的・生理学的起源を研究する「観念学」という意味があった。ところが,この観念学者(イデオローグ)がナポレオンを批判したのに対して,逆にナポレオン1世が,あの連中は観念をもてあそぶだけで現実のことはわからないと非難したことから,イデオロギーということばには,現実と遊離した虚偽意識という意味合いが付着することになった。イデオロギーということばを,一般的に定着して流布させたのはマルクス主義の功績であるが,そこでも,たとえば『ドイッチェ・イデオロギー』などでは,イデオロギーとは,現実に立ち遅れた,あるいは現実離れの夢をみるだけの観念という非難の意味で使われている。ただし,その後のマルクス主義の展開のうちでは,「意識が存在を規定するのではなく,存在が意識を規定する」という公理と,いわゆる「上部−下部構造論」とを前提して,上部構造としての意識を一般にイデオロギーと呼ぶこともある。

 このように,イデオロギーを真理との関連で虚偽意識として問題にする場合には,イデオロギーとイデオロギー批判との循環は避けがたく,マンハイム(1893〜1947)の『知識社会学』や『イデオロギーの終わり』論者の主張も,依然この状況のなかに置かれているといえよう。

〔参考文献〕バリオン,徳永訳『イデオロギーとは何か』講談社現代新書

マンハイム,高橋・徳永訳『イデオロギーとユートピア』世界の名著56 中央公論社