●一国社会主義 いっこくしゃかいしゅぎ
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資本主義諸国の包囲のなかにあっても,ソ連1国だけで社会主義が達成できるという主張。1921年以来のネップ実施のなかで,トロツキーはそれを資本主義への復帰であると非難。資本主義国との両立不可能論である“永続革命論”に固執したが,スターリンはその反論として1924年「一国社会主義論」を書き,ネップを支持し,農民との同盟により,その支持を得ることができれば,1国だけでも社会主義は達成できるとした。実際に,ヨーロッパにおける社会主義革命の退潮,資本主義諸国との国交回復,ソ連国内の建設的安定ムードのたかまりのなかで,1925年第14回党大会は一国社会主義論を採択,トロツキーは失脚し,レーニンの後継者としてのスターリンの地位は安定した。その後,ネップがソヴィエト経済を復興させるにつれ,この理論は急進的工業化理論へと変化し,1928年採用の産業五カ年計画の基礎理論となる。