●厳島神社 いつくしまじんじゃ
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広島県佐伯郡厳島(宮島)にある神社名(旧官幣中社)。安芸国の一宮,祭神は市杵島姫命(イツクシマヒメノミコト),起源は不明。平安時代初期にはすでに存在し,平清盛が安芸守となって以来,平氏の氏神となる。厳島は「神をいつきなる島」の意であるから,その中心に厳島神社があり,それゆえに宮島という地名もそれと関連する。その上厳島神社に祭る市杵島姫命・田心姫(たごりひめ)命・湍津姫(たぎつひめ)命の3神は九州の宗像神社と同じ神を祭っている。
当社は『延喜式』には「伊都伎神社」と記す。811年(弘仁2)名神に列し四時幣を預かり,延喜の制に名神大社に連なり,1017年(寛仁1)一代一度の幣帛神宝を奉られている。清盛はこの神社を荘厳にし,1174年(承安4)後白河法皇とともに参詣している。以来高倉上皇が2度も参詣したが,貞応年間火災にあい,1241年(仁治2)再建されている。その後足利義満参詣,大内義隆の修造,毛利元就の大規模造営などをへて多くの人々の支持をうけている。広島藩主浅野氏の庇護もあり瀬戸内海の大神として栄えた。中世以来門前町の発展,町人の惣中結合の強化もあり,各地に宮島信仰が普及するにいたった。1871年(明治4)に国幣中社,のち1911年(明治44)には官幣中社となる。また,年中行事には荘重な祭事があるとともに多数の美術工芸品を残している。平家納経もあり,厳島神社詣は夷神として尊崇され,近世にいたって民衆化し発展している。四国では伊勢参宮・四国遍路より信仰詣が盛んである。門前町には遊女町までできている。厳島には神社文書が残され,古文書の数も多い。
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