●一条兼良 いちじょうかねら
アジア 日本 AD1402 室町時代
1402〜81(応永9〜文明13)室町時代の公卿・文化人。一条経嗣の第2子として生まれ,病弱の兄経輔に代わって家督を継ぎ,摂政・太政大臣・関白(再任)を歴任し,氏長者となり准三宮の宣下(せんげ)を受けた。応仁の乱の勃発後,子の大乗院尋尊をたよって奈良に疎開したが,1473年(文明5)出家し,後成恩寺殿,法名覚恵(かくけい)と称した。なお桃華老人などとも号した。彼は公卿として最高の地位に位するとともに,“500年以来の才人”と称され室町中期の文化の指導者と仰がれた。その文化的業績はすこぶる多面的で,その著書には有職に関する『公事根源』と『桃華蘂葉』,『伊勢物語註』と『源氏物語』の註釈書『花鳥余情』,神儒仏道四教一致の思想を根幹とする神道書『日本書紀纂疏』,儒学の『四書童子訓』,往来物の『尺素往来』,日野富子に贈った一種の教訓書である『小夜のねざめ』,足利義尚のもとめに応じた政道書『文明一統記』と『樵談治要』,奈良から美濃への旅行記『ふぢ河記』などがあり,百科全書家的な彼の風貌が察せられる。彼のこれらの活動は,いわゆる東山文化形成と展開とを推進し,和学の興隆の土台を確立したものであった。