●一行 いちぎょう
アジア 中華人民共和国 AD673 唐
673〜727(咸享4〜開元15)唐代の密教僧で,天文暦数家としても知られる。鉅鹿(河北省鉅鹿県)の人。姓は張氏,名は遂,諡は大慧禅師。太僕丞懍の子,母は隴西の李氏。幼いときから聡明で,経史を学び,「暦象陰陽五行」の学に精通していた。荊州玉仙山の恒景禅師について出家し天台を学び,嵩山の普寂の門に入り禅を究め,当陽山の悟真に律を学んだ。715年(開元3)玄宗はその名声を聞き,召して宮廷に入らしめた。716年(開元4)長安にきた善無畏に師事し密教を学び,720年(開元8)洛陽に入った金剛智に従って金剛頂経の教義を学んだ。また善無畏が『大日経』を翻訳するにあたり,その訳場に加わり善無畏の口説を筆記して『大日経疏』20巻を著わした。727年(開元15)詔を拝して『大衍衛暦』52巻を撰したが,未完成のまま没したので,翌728年(開元16)張説が『開元大衍暦』と名づけて献上した。727年長安の華厳寺で没した。玄宗は彼の死を惜しみ,大慧禅師の諡を賜与した。