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●市河米庵 いちかわべいあん

アジア 日本 AD1779 江戸時代

 1779〜1858(安永8〜安政5)市河寛斎の子,名は三亥,字は孔陽・小春,号は来庵・楽斎・顛道人・金洞山人・半千筆斎・百筆斎・小山林堂。

【経歴】江戸の人。父祖に書を学んで大成,金沢藩に仕えたこともある。教えを乞う者は大名から庶民まで数千人といわれ,幕末三筆の一人。

【書風】26歳で長崎に行き,直接唐人書家に学び,また生涯をかけ宋明清の真跡を求めて研鑽,内外の書画・碑帖・金石拓本・文房具類(東京国立博物館所蔵)まで蒐集検討したことは,従来の書風に満足せず,広い見地から新時代の書風を創出せんとしたからで,一面にその書風にきびしさがないと評されるゆえんではなかろうか。

【業績】著書20有余,『未家書訣』『清三家書論筆譜』『略可法,墨場必携揩行薈編』などが有名である。そのほかに『米庵墨談』は書道関係の各方面にわたり随筆風に書かれ,現今でも有益な内容を含んでいる。