●石上宅嗣 いそのかみのやかつぐ
アジア 日本 AD729 奈良時代
729〜781(天平8〜天応1)奈良時代後期の貴族。わが国初の公開図書館に擬せられる芸亭を設けて名を高めた文人でもある。宅嗣は経史にくわしく文章は同時代の淡海三船とならび称され,その住宅をアシュクジ※注1※と名付け,その一画に蔵書をあつめた外典の院があった。それらの書物を士人が縦覧できる便宜をはかった。和書の大敵は湿気と虫損で,その害を防ぐため,中国では芸香草と呼ぶ植物を書物に添えたという。芸亭の名の由来である。現在奈良北高校付近が,その故地と伝承され標識を立てている。17歳のとき孝謙天皇に近かった恵美押勝排斥を企て,(天平18年)28歳で相模守となり東国の国守を歴任,36歳で参議,39歳で式部卿,41歳のとき藤原永平らと光仁天皇即位の策にかかわった(宝亀1年)。晩年は式部卿,中務卿となり石上大朝臣の賜姓あり,53歳で没したときは大納言,正三位の地位にあった。遣唐,新羅外交の働きもあって,詩賦も多く,その一部が「経国集」にみえる。
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