●韋荘 いそう
アジア 中華人民共和国 AD836 唐
836〜910 中国,唐末の詩人。字は端己。陝西長安の出身。韋応物の玄孫といわれる。黄巣が長安に侵入したとき,黄巣の乱の悲惨な状況を細かく叔述した長篇の七言古詩『秦婦吟』を詠む。894年(乾寧1)59歳で進士となり,校書郎に任じられ3年後蜀(四川省)へ派遣された。やがて907年(開平1)唐が滅亡したのちも成都にとどまる。四川によって自立した蜀帝王建に信任され,宰相として開国諸制度の制定に加わる。浣花渓にあった杜甫の草堂を再建してそこに住んだ。詩集に『浣花集』10巻があり,作風は華やかななかに感傷を含む絶句がとくに優れている。しかし,彼が詩人として高く評価されているのは,『花間集』その他に収められた詞による。中原への思慕が強く,多く望郷の詞をつくり,オンテイイン※注1※の艶麗な作に対し,情の細かいことばの清らかな詩によって別の風格を出した。〔参考文献〕小川環樹『中国詩人選集』岩波書店
吉川幸次郎・小川環樹編『唐詩選』筑摩叢書,筑摩書房
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