●イスラーム法 イスラームほう
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アラビア語では,シャリーアという。この語は,「水場に至る道」を意味する。コーランでは4か所,根源であるの動詞・名詞形がみえるが,そこでは,ムスリムが「従うべき純正な道」と記されている。【聖法】シャリーアは,神の啓示にもとづく真理を法として定めたものであり,ムスリムはそれをうけいれ,それに全的に服従することによって,救いに達することができる。要するに,「ムスリムとして正しい生き方」を具体的に示したものがシャリーアであり,それは,人間の理性や思惑などとは関係なく,神の啓示によってのみ示されるものである。この意味において,シャリーアは「聖法」であり,ムスリムの宗教生活のみならず,彼らの現世的・世俗的生活の全般を具体的に規制するものである。そして、ムスリムにとっては,人間行為の善悪を判断する基礎はシャリーアであり,その判断は神のみに委ねられているとされる。立法者は神であり,イスラームにおいて正しく生きることは,神の定めた法に服従し,それを忠実に守ることにほかならない。そして,そのためには,コーランとハディース(伝承),ムハンマドのスンナが重視されるのである。
【宗教と法】シャリーアは聖法として,ムスリムの宗教生活はもちろん,現世的・世俗的生活の一切を規定し,そこには宗教的規定と実定法的規定がふくまれる。その内容は,イスラーム法学者によれば,イバーダード(宗教的行為)・ムーアーマラート(契約的行為)・ウクバード(政治的行為)に大別されるが,法学書では体系的分類はなされていない。しかし,沐浴・懺悔・礼拝・ザカート・断食・巡礼・葬礼など宗教的な儀礼的規定,すなわちイバーダードからはじまり,婚姻・離婚・親族関係・財産相続・奴隷解放・契約・売買・交換・誓言・証言・ワクフ(財産の寄進)・訴訟・裁判・ジンミー(非ムスリム)の権利と義務・犯罪と刑罰・ジハード(聖戦)など人間生活の公私にわたる法的規範,すなわちムアーアラートがふくまれている。このようなシャリーアの規定は,未成年者や禁治産者などを除き,原則として,イスラーム共同体の成員に等しく適応される。また,シャリーアは,ムスリムの諸行為を(1)義務,(2)奨励されるべき行為,(3)非難も奨励もされない行為,(4)刑罰には処せられないが,好ましくないとされる行為,(5)禁止された行為の5範疇に分けている。
シャリーアには実定法的規定がふくまれているが,イスラームが宗教である以上,本質的には,ムスリムとして当然行うべき道徳義務論がそこに展開されていることは,いうまでもない。同時に,イスラーム共同体は,シャリーアの理念の実現形態であり,その共同体を維持していくため,シャリーアは政治的な実定法としても機能する。宗教であるにもかかわらず,イスラームが政治に対する志向性を強く示すのは,シャリーアがこのような政治にかかわる実定法の内容をもっていることにもとづいている。しかし,シャリーアの現実的適応は,必ずしも一律的ではなく,現実に機能していた実定法的規定としては,家族法ないし民法的規定が多かったともいわれている。
【法源】シャリーアは,神の命令である聖法であり,絶対不変のものとされるが,それが古典的形態で成文化されるまでには,約200年間を要した。そして,法解釈の方法としては4法源,コーラン・スンナ・キャース(類推)・イジュマー(合意)が法源とされた。スンナは,ムハンマドの言葉と行為によって示された慣行のことであり,具体的には,ハディース(伝承)によって示される。スンナは,コーランについで重要な法源とされる。キャースは,コーランとスンナから法的規定を導き出すことで,すでに知られている類似の条文をもとに,論理的推論を行って裁定する。ムハンマドの死後に生じた,コーランにもスンナにも規定のないさまざまな問題を解決するため,類推の作業が推進された。ヒジュラ暦2〜4世紀,ハディース集大成の事業と平行して,キャースの法的性格も明らかにされた。イジュマーは,イスラームについて深く広い知識をもつ法学者が,法的問題について論理的推論を行い,会議により見解を出すことをさす。個々の法学者がイジュティハード(努力)を行って出すラアイ(意見)が,イスラーム共同体に受けいれられれば神の意志として法源となる。したがって,博学な法学者が,コーランとスンナの精神により独自の意見をつくり出し,その意見が全ムスリムにうけいれられた場合に,イジュマーをえたとされる。この4法源のうち,いずれを主とし,いずれを従とするか,あるいは4法源をすべて認めるか否か,また,その他の法的原則を導入するかどうかは,法学者の意見にまかされ,ここに,解釈の違いが生じた。そして,多くの法学派が成立することになった。
【法学】イスラームにおけるこのような法解釈学,すなわちイスラーム法学は,フィクフと呼ばれる。フィクフは,元来,知識・知性を意味する語であるが,イスラーム共同体の法に関する学問の総体をフィリフと呼ぶ。そして,宗教・倫理・政治などイスラーム共同体のあらゆる分野にわたる法的問題を,イスラームの教えに則して正確に解釈することをめざした。しかし,実際には,法学者による法解釈には,多岐にわたる相違が生じ,多くの法学派,すなわちマズハブの成立をみた。現在,それら法学派のうち,スンナ派では,ハナーフィー派・マーリク派・シャーフィー派・ハンバル派の4法学派が,公認の学派として残っている。シーア派には,これと異なる法学派があり,「隠れイマーム」の代言者とみなされるものだけが,イジュティハードを行うことができるとされている。
なお,シャリーア体系化以後,さまざまな新しい事態と,イスラーム世界の拡大に対処するため,カーヌーン(世俗法)が定められたり,アーダ(慣習)もシャリーアを補完するものとしてひろく用いられた。また,19世紀以後,ヨーロッパの民法・刑法なども導入されたし,ヨーロッパにならって憲法のような基本法が制定されるようにもなった。
〔参考文献〕蒲生礼一『イスラーム』1958,岩波新書,岩波書店
遠峰四郎『イスラム法』1976,慶応通信
中村広治郎『イスラム−思想と歴史』1977,UP選書,東京大学出版会