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●イスラーム神学 イスラームしんがく

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 イスラーム神学は,カラームの学と呼ばれるが,カラームとは本来「ことば」の意であり,これが専門的にイスラームの思弁神学をさすようになった。カラーム神学が整備され,一応の体裁を示すようになったのは,ムータジラ派の登場のころであるとされるが,それ以前にもこれを準備する種々の要因が存在しており,この点を簡単に検討する必要があろう。

【イスラーム神学前史】イスラーム初期に登場した最初の分派,ハワーリジュ派は,その政治的主張のなかに重要な神学的主題をひそませていた。それは信仰と行為の関連性の問題である。悪しき支配者の為政に甘んじて,これを座視する者は不信者であり,信仰をまっとうするためには,断固聖戦に立ち上がらなければならない。単純明快な論理を基本にしたハワーリジュ派の主張は,人々に信仰の本質について想いをはせる契機を与えている。信仰とは行為と直結するものであり,行為というかたちで実証されぬかぎり,信仰は無意味であるというのが,彼らの主張であった。

 この種の政治的過激主義に対応するため,現状肯定主義者たちは,明らかな論理的根拠づけの必要に迫られた。そこで生じたのがムルジア派である。彼らはハワーリジュ派の主張とは逆に,信仰と行為を切り離し,人間の犯した罪が信仰を損なうか否かは神の判断にゆだねられ,人間の能力を超えるものであるとした。 ただしこの信仰と行為の関連性については,両極端に位置する上述の二つの立場を総合するようなかたちで議論が展開されていく。そして大勢は,両者は1本の樹の根と幹のようなもので,信仰の根があれば行為はおのずとそこから育つのであり,このような意味で双方ともに緊密なかかわりがあるが,一方が即他であるとか,両者が無関係ではありえないという線で落ち着いていく。

 信仰と行為の関連という問題は,また別の次元で人々の関心をそそった。それは運命の有為転変を前にして人間は自由意志をもちうるのか,それともすべては神の摂理によるものなのかという点である。そして予定説をとるのがジャブリー派であり,人間の自由意志を説くのがカダリー派である。この問題に関しても,両者を総合するような獲得(カスブ)理論が大勢を占めるようになる。

 そのほか『コーラン』中に現れる神の解釈をめぐっても種々の意見が提出されて,神学上の議論に発展していく。神に関する擬人的表現は文字通り理解されるべきであるというハシュウィー派は,神を人間と似た者であるとしているが,ジャフミー派はこれに対して,それらをすべて比喩的にとるべきであるとしている。

 これらの諸点に関する論争は,異教徒たちとの議論・護教の必要性とも相まって神学の体系化・整備を強く促した。

【ムータジラ派】イスラーム神学を,思弁神学と呼ばれるにふさわしいかたちで整備したの

はムータジラ派の功績であるとされる。この派の始祖はワースィル=イブン=アターウ(748没)であるが,彼は罪人の定義に関して師のハサン=バスリーと対立し,その一団から離別(イアタザラ)したために,この一派がムータジラ(離脱者)と呼ばれるようになったといわれている。この派は9世紀の中ごろに明確な一派をなし,その後急速に発展して,当時の文化的エリートの大部分を吸収するようになる。とりわけ初期アッバース朝の時代には,彼らの主張は数代にわたり,スンナ派イスラームの公式的教義として公認されるほどであった。

 この派の主張を簡単に要約するのは難しいが,最も基本的な点のみを略述してみよう。

 第1は,その独特な神の唯一性(タウヒード)論である。神は唯一であり,それに似るものは何一つない。彼は個別者でも,実体・属性でもない。彼は時間・空間を超越しており,特定の場・存在のなかに身を置くことがない。彼は条件づけられず,限定されない。子を産むものでもなく,子として生まれもしない。彼は感覚的知覚の外にあり,いかなる想像力をもってしてもとらええない。彼は全智全能であり,あらかじめ準備された原型に倣うことなくこの世界をつくったが,その際いかなる努力も必要としなかった。

 以上がこの派による神の規定であるが,それは存在論的にいえば無制約的次元にのみ限られている。それゆえもっぱら神の隔絶性を強調する結果となり,神の属性は単に人間が神の本質の様態を知るための比喩的な表現となる。また『コーラン』自体も神の被造物となり,その永遠性が否定され,同時に彼岸の世界で神をみる可能性も否認される。

 そのほかこの派の神の公正さ(アドル)に関する議論は,『コーラン』の一節,「善行をなす者は己れ自らのためにそれをなし,悪業をなす者は自らに対してそれをなす」を根拠として,人間の自由を肯定する態度をうち出している。この態度は,来世における約束(ワアド)と威嚇(ワィード)という問題,つまり信者たちの現世での言行と来世における賞罰に関して論ずる場合にも一貫している。人間の自由を公正に裁く神という基本姿勢は,この派に濃厚であり,たとえば倫理的命令(アル=アムル=ビ=ル=アマルーフ)の解釈にあたっても,きわめて理知的に,公正と自由の諸原理を社会的行動のなかに具体化することに役立てようとしている。

 この派の議論として重要なものは,罪の概念に関するもので,「中間的位置(アル=マンジラ=バイナ=ル=マンジラタイン)説」として知られる。彼らは罪を微罪と重罪に分け,前者を犯した者は,それを繰り返さぬ限り信者の一団から除外されぬとする。そして後者を不信とそのほかに二分する。この最後の罪を犯した信者は社会から排除されるが,それにもかかわらず彼は,真の意味での不信者とみなされず,信者と不信者のあいだの中間的位置に置かれる。

 ムータジラ派は,このように理性的立場から伝統主義と論戦を交える一方では,マニ教の二元論・キリスト教の三位一体説を批判して,イスラーム的神の唯一性論を擁護した。同時にムルジア派の静寂主義,ジャブリー派の決定論を否定して,人間の自由・倫理的責任の重要性を強調した。

アシュアリー派】ムータジラ派の理性尊重の態度は,神学の興隆に多大な貢献を行った。しかし,その極端な理知主義は,内部からの批判をもたらした。この派がアッバース朝によって禁止されるにおよび,その後神学の主流をアシュアリー派が占めるようになる。この派の始祖アル=アシュアリー(935没)は,40歳までムータジラ派に属していたが,その後転向して,ムータジラ派と,原典の字義に拘泥する伝統主義者たちのあいだを調停するような説をうちたてた。

 彼によれば,ムータジラ派の理性の絶対化は,それを完全に信仰の代替物とすることにより,宗教の支えとはならず,むしろ宗教を圧迫するものであった。『コーラン』はしばしば,隠されたもの(ガイブ,不可知なもの,神秘)に対する信仰が宗教の要であると述べている。ところでこの隠されたものは,理知的論証を超えたものである。理性の働きを重視すると同時に,その限界を認め,隠されたものの領分を正しく受け入れること,これがアシュアリーの努力の中心課題であった。

 彼は神の属性について次のような見解をとっている。神は『コーラン』中に指摘された属性を実際に所有している。これらの属性は,具体的な現実性をもっているゆえに本質と区別されるが,この本質の外ではいかなる現実性ももたない。神の本質と属性の2重性は,量的な次元でなく,質的な次元でとらえられるべきであるとしているのである。

 また『コーラン』は,神が手や顔をもつなどと述べているが,ムータジラ派にとってはこれらは比喩であった。他方,字義拘泥者にとっては,それは神に関する具体的な現象であった。しかしアシュアリーは,その現象の現実性を容認するものの,それを神に帰す際に具体的な性格をもたせることを警戒し,「いかにと問うことなく(ビ=ラー=カイファ)」神が実際に手や顔をもつと信ぜよとしている。彼は『コーラン』の創造についてもこの論法を適用し,「いかにと問わず」信ぜよとしている。

 彼の独創的な解釈は人間の自由の問題にも及んでいる。ムアタジラ派の自由意志(クドラ)説・宿命論者の宿命(ジャブル)説を前にして,アシュアリーは人間の自由な行為のなかに,神のものである創造の行為と,人間のものである獲得(カスブ)の行為とを区別した。そして人間のあらゆる自由は,創造者としての神と,獲得者としての人間の合致によって成立するとしている。彼の知的努力は,十分な形而上的武装に欠けるという批判が一部に存在するが,永遠なるものと束の間のものの神秘的融合に道を拓いた功績は大である。

 アシュアリー派は,彼の存命中にすでに直弟子たちによって形成されていたが,種々の浮沈をへながらも,セルジューク朝のニザーム=アル=ムルクの庇護を得たのちに,ほぼ不動の地位を確立し,現在までスンナ派のなかで優位を保ちつづけている。

 この派の批判者としては,マートゥリーディー派,ならびにイブン=タイミーヤとその弟子イブヌ=ル=カイイム=ル=ジャウジーヤなどがある。なおイスラーム神学は,理性と信仰の調和に心をくだき,哲学的探究,スーフィー的要素の容認によって高い完成度を示したガザーリーの『宗教諸学の再興』のような,優れた作品を産み出している。

〔参考文献〕井筒俊彦『イスラーム思想史』1975,岩波書店