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●イスラーム社会主義 イスラームしゃかいしゅぎ

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 この名で特定される思想・運動・政党があるのではない。むしろイスラームがもつ根源的な原理性と普遍性は,たとえば社会主義という変革の思想や運動もとりこみうるし,また逆にイスラームにこそその原理が元来あると主張することもできるという意味では,多くのイスラーム政党や団体が「イスラーム社会主義」を唱えてきているし,その名称をあえて名乗ることもある。問題は,だから,「社会主義」の意味と内容にかかわるし,その点では「自由」とか「帝国主義」などの概念と同じく,イスラーム諸国での特有な意味付与に注意しなければならない。とくに,社会変化が著しい国々では旧来の社会的均衡調整のメカニズムが作用できなくなってきているのに,新しいメカニズムが確立していない。そのようなところでは社会主義の訴える平等思想が魅力をもつけれども,世俗主義や反宗教論に基礎をもつものとしてではなく,社会的公正や社会正義がイスラームにとっての根本原理だとして,その正当性と正統性が主張されるのである。そういう論理操作をへてのみ,社会主義は政治原理のなかに組み込まれるのであって,哲学(史的唯物論や唯物弁証法)としては受容されているのではない。その意味では急進主義から保守主義にいたる幅広い政治団体がイスラーム社会主義の旗印をかかげても怪しむ者もなければ,その指導者が封建貴族の系譜につらなる大地主・部族の首長であること(レバノンの例)もあれば,ジャーナリスト出身であったりもするし,労働者層や労働者団体と関係があるのでもない。

 イスラーム主義の立場からする「社会主義」論は,信仰上の義務であるザカー=義捐が同胞の窮乏を救済する相互援助・公正の原理であることを強調する。だが,そこでは私有財産制は宗教の権威によって擁護されるし,消費における格差是正論ではあっても,主要生産手段の公有が主張されるのではない。また,ワクフという全信徒の共有財産を厚生・福祉機関として運用できるとされることでもある。

 1930年代にエジプトに生まれた「イスラーム同胞団」の綱要では,それが共産主義=無神論を攻撃する倫理的命題になっている。だが,同根の命題から具体的な政治問題をめぐって,義捐を受けるよりは富者から奪うことが正当化される,とする立場も出てくるし,「富者」が異教徒であれば,この立論は宗教的排外主義になるのは当然のことである。

 ガマル=アブドル=ナセル(ナースィル)の「アラブ社会主義」も,この系譜につらなる。植民地支配の経済的遺制と極端な貧富格差が政治的自立の基礎である経済自立を妨げるという判断と,旧権力の物質的基礎を崩すために採られたのが農地改革と協同組合であった。その「革命」のあと,「アラブ社会主義」体制が宣言される。スエズ戦争でイギリス・フランス・イスラエルの在エジプト資産を接収できたので公共部門化して,福祉国家と計画的経済建設がはかられたのである。これが,唯一の実験的な実例であるが,ほかはすべて理念と願望の表明にとどまっている。

 「アラブ社会主義」はイスラーム社会主義とエジプト国民主義の混淆であり,偶発的な契機による政策の展開であって,専門職・経営能力の不足から官僚統制の非能率が著しく,しだいに「自由化への後退」となる。ナセルをまねた国々でも事態はほぼ同様であり,アルジェリアやリビアにその例をみることができるし,スカルノ時代のインドネシアにも異なる形でそれをみることができる。

 こうした一連の事態を後進国「社会主義」の失態と評することはできるにしても,それが「社会主義」によせられた国民的期待であったことは確かであり,植民地遺制が経済自立を妨げているという歴史的制約の大きさを考量しなければならない。社会主義への前提がどのようなものかを改めて注意深く検討をせまる事例がそこにある。イスラーム諸国の苦闘が「イスラーム社会主義」という社会的公正・社会的均衡への本望として表明されているのであり,宗教的正統性の確認が国民統合の核となっていることの表明なのである。

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