●イスラーム学 イスラームがく
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一口にイスラーム学というが,その定義は容易ではない。それはイスラーム世界における国学をさすのか,それとも外国のイスラーム,もしくはイスラーム世界に関する研究をさすのであろうか。これまでイスラーム学という項目のなかでは,もっぱら後者,つまり外国の,とりわけ欧米の研究の変遷史だけが取り上げられてきた。しかしこのような態度は,どちらかといえば本末転倒とはいえないであろうか。研究者の立場のいかんを問わず,対象の真実に迫るのが学問の基本であり,研究者が身内の者であるとか,外人であるといった事柄は付帯的な問題であり,要は研究のプロセスの学問的妥当性にあるであろう。日本に関する研究の内容・成果を云々する際に,日本の研究者の業績を無視し,外人のそれだけが権威があるとするならば,結果はいかなることになるであろうか。この種の論議が必要なほど,これまでの欧米主導型のイスラーム学には偏向性が強く,現在諸般の状況からこの種の大枠自体が見直されつつある点をまず指摘しておこう。【イスラーム学の構成】本場のイスラーム世界においては,諸学は大きく二つに大別されていた。それは「伝承的な諸学」と「本性的な諸学」である。そして前者にはイス
ラームの聖典『コーラン』の研究と,それと深いかかわりをもつ諸学,つまりハディース学・法学・文法学・修辞学・文学といったものが加えられている。他方後者には論理学・算術・幾何学・天文学・音楽・自然学(物理学・医学・動物学等)・形而上学等がある。この区分で重要なのは,第1群が,神の啓示の問題等を扱うために必要な悟性によるものであり,第2群は理性をもってする学であるという点にあるであろう。ここで明らかなのは,知性の働きが重要視されてはいるが,けっしてそれがすべてではないという事実である。上述のようなイスラーム世界における学問の構成は,端的にイスラーム文化の重要な特質をつくりあげている。イスラーム世界におけるこのような悟性と知性の共存の背後には,イスラームの提示している独自の世界観,タウヒードの観法がある。それはさらに精神の学・自然の学の共存を保証しているのであるが,この点については,イスラーム世界の大学者たちが非常にしばしば神学・哲学者であると同時に,科学者であったという事実を指摘するにとどめよう。諸学が分離・独立し,他と関連なく専門化する契機は,むしろきわめて少なかったのである。
【欧米のイスラーム学】地中海を挟んでイスラーム文明と対峙していたヨーロッパ世界は,きわめて初期から前者と接触をもち,スペイン・シチリアなどを経由してその成果を摂取していた。しかし十字軍の派遣・レコンキスタの運動の流れのなかで,異教イスラームへの敵愾心は,中世を通じて一般的であった。だが西欧の優位が圧倒的になるにつれて,人々は中東世界にエクゾティシズムを覚えるようになる。18世紀にはG.セールのコーラン訳,モンテスキューの『ペルシャ人への手紙』などが公刊されるが,この世紀の末に行われたナポレオンのエジプト遠征は,欧米人士のこの世界への興味をいっそうかき立てることになる。各国にはそれぞれ大規模な研究学術団体が組織され,旺盛な研究活動が開始される。諸大学でも講座が多く開設され,優れた学者が斐出した。当時,高度に発展していた文献学的手法を用いてコーランの年代確定を行った『コーランの歴史』のT.ネルデケ,『イスラームの主要思想の歴史』『オリエント文化史』のA.フォンクレーマーらは,19世紀の代表的な学者である。それにつづいて『ザーヒリー派,その教義と歴史』『イスラーム研究』のI.ゴルトツィーハー,『初期イスラームにおける宗教的,政治的党派』『アラブ帝国とその没落』のJ.ウェルハウゼンである。彼らの研究は,さらにすすんだ現在の研究水準からみれば多くの問題点もあるが,それぞれの分野での基礎づくりをなしたものであった。20世紀に入ると,たとえば上述のネルデケの『コーランの歴史』には徹底的な増補・改訂が行われ,ムハンマドの伝記に関しても,F.ブフルの『ムハンマド伝』,W.M.ワットの『メッカのムハンマド』『マディーナのムハンマド』といった労作が発表された。その他研究者数の増大と相まって質・量ともに充実しており,枚挙にいとまないほどである。ロンドン・オックスフォード・ハーバードで長らく教職につき,多くの優れた学者たちを養成し,自らも『中央アジアにおけるアラブの征服』『現代アラブ文学研究』『イスラームにおける最近の潮流』などを著して,広い視野から研究・教育にあたった。ここで欧米研究者の功績を指摘すれば,第1に厳密な文献学的手法の適用があげられるであろう。それはまず正確な校訂をへた原典の公刊を促し,学問の精度をあげると同時に,研究領域を拡大させるのに役立った。第2には,研究に際しての高度な方法論の採用である。これは現地の研究者たちでは構想しえなかった優れた研究成果を結実させている。
【最近のイスラーム学の問題点】欧米研究者の学問的努力は,現地の研究者たちを触発するに十分であった。そして現在では,欧米で学んだ研究者たちが,あるいはそこにとどまり,あるいは祖国に帰って優れた研究成果をあげている。I.マドクール,A.バダウィー,M.マフディーの哲学研究,A.A.ドゥーリーの歴史研究等々の水準からみても明らかなように,現地サイドの学者たちの実力も十分にあがっている。そのような状態で徐々に明らかになりつつあるのは,これまでの欧米の研究者たちの一部に認められる,一種の偏向性であろう。哲学の分野では,次のような例があげられる。これまで研究者たちの通説では,イスラーム世界における哲学的思索は,イブン=ルシュドをもって終わるとされてきた。しかしこれに対してH.コルバン,井筒俊彦教授らの業績は,長らく支配的であったこの種の見解を学問的に打破してはいないであろうか。西欧的哲学とは別種の位相で,イスラーム哲学は主としてイランにおいて連綿と継承されてきたのである。この種の修正は,研究者に新たな問いを投げかけずにいないであろう。それは学問的客観性とは,いかなる客観性であるかという問いである。異質の文化圏に属するものを,その特殊な構造を無視して,ある種の,そして非常にしばしば観察者の身勝手な客観性の物差しで測ってみたところで,果たして真に客観的な結果が得られるであろうか。このような懐疑の眼ざしで,これまでの欧米イスラーム学の成果にもとづくある種の通念・判断を見渡してみると,必ずしも事実に即応しないような要素が多々存在するのである。そもそもユダヤ教・キリスト教・イスラームは,どこに類似点があり,どこに相違があるのかといった最も重要な問題は,ほとんど論じられていない。キリスト教的世界観とイスラームのそれの相違点は何なのか,それに由来する文化構造の偏差,社会構造の異質性についても,もちろん突っ込んだ指摘はない。要するに重要な問題ほど研究が少ないが,これこそ端的に比較を拒む精神的態度の現れではあるまいか。瀕死の教えイスラームは,これまで多くの研究者の意識では,現代への適応性をもっていなかった。それは生きた化石のようなものとして,後向きにとらえられれば足りたのである。生命のないものには,物体を測るようにある種の物差しで測っておけばよい。そのためイスラーム学の中心をなす「伝承的諸学」の研究は,ほとんどないがしろにされてきた。また物差しのあてやすい部分だけが,その置かれている構造性を無視して議論されてきた。しかし最近のイスラーム世界の動向は,この種の前提を覆すに十分であった。そして死んだものが生き返ったとなると,研究上山ほどの矛盾が生じてくるのである。意味論・解釈学など異質の文化の構造を真に客観的にとらえうる学問的武器を行使して,対象の正しい把握につとめなければならないが,ここではイスラーム学自体が,いまひとたび変貌を遂げねばならぬ時期にさしかかっている点を強調するにとどめよう。