●和泉式部日記 いずみしきぶにっき
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和泉式部によって書かれた,日記。1003年(長保5)4月10日あまりのころの,敦道(あつみち)親王の求愛の歌に始まり,同年12月18日式部の敦道邸入り,翌年1月までのことが,その内容となっている。式部自身を3人称で書き,厳密に日時にそくして書いたものでもない。また,式部にはみえないはずの敦道の言動が,描かれていることなどから,他作説も出されている。が,現在では他作を装った自作と解する説が,有力である。日記の中心は,二人の140余首に及ぶ贈答歌で,恋愛交渉の心理的な起伏が描かれている。式部は初め,橘道貞(たちばなのみちさだ)の妻となるが,年若い冷泉院の皇子弾正宮為尊(ためたか)親王と情を通じる。為尊が1002年(長保4)に死去すると,その弟の敦道との関係が,始まってゆくのだが,現実の敦道が非常に理想化されて記され,歌を通して人生の孤独をわかち合う男女の,純粋な愛の世界が描かれている。
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